約 1,207,270 件
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/527.html
トン トン トン トン 階段を下りてくる足音に気付いて、ラブは顔を上げた。 ここが夢の世界だからだろうか、眠くなったりもせず、隣であゆみが寝入った後もずっと彼女は、どうすればせつなを助けられるかを考えていた。 だがいいアイディアが思いつかず、ううん、と悩ましげに頭をひねったところに、その足音が聞こえてきたのだ。 誰か、などと考えるまでもなかった。時計を見れば、まだ朝の六時。圭太郎は一階の寝室で眠っている。だとすれば、降りてきたのは。 「せつな……」 ラブの漏らす呟きは、相変わらず誰の耳にも届かない。 彼女は、音を立てぬようにそっとリビングのドアを少し開けて、覗き込んでくる。そして、ソファの上で眠っているあゆみの姿を見て、小さく。 微笑んだ。 「――――」 声にならない声を、彼女は発する。その唇の形を、ラブは読み取って、眉を顰める。どうして、そんなことを言うのだろう。 ――――まさか!! 息を飲むラブ。せつなはドアを閉めて、そのまま廊下を玄関へと向かい、靴を履いた。 追いかけた彼女の前で、せつなは扉を開け、外に出て鍵をかけた。 そして、その鍵を、家のポストに放り込んだ。ラブと一緒に選んで買った、沖縄土産のキーホルダーを付けたまま。 「せつな――――」 それがどういう意味を持つか、ラブにもわかる。 どうしよう。迷う暇もなく、歩き出すせつな。一度だけ、振り向いて、 「ありがとう――――さよなら」 そう告げたのを聞いて、確信する。 せつなはもう、戻らないつもりなんだ。この家に。 ゆっくりと遠ざかるせつなの背中を見つめながら、必死に考えをめぐらせていたラブは、一つの可能性に気付いて、空に向けて呼び掛ける。 「長老!! 聞こえる!? 長老!!」 『――――なんや?』 かすれるような小さな声。それでも、彼女の声が彼に届いていたことに、ラブはほっとする。そして、問い尋ねた。 「長老、教えて欲しいことがあるの!!」 そうして聞いた答えに満足そうに頷いた後、ラブはせつなの後を追う。その表情は険しいものだ。 何故なら、さっき、せつながリビングを覗いてあゆみを見た時に言った――――いや、囁いた言葉に、嫌な予感を覚えたからだった。 せつな―――― 悲しみに、ラブは唇を噛みしめる。声が届かないことが、とてももどかしい。 彼女は――――せつなは、あゆみを見て、こう言ったのだ。 今までありがとう、お母さん――――と。 ただひとたびの 奇跡 ――――Power of Love―――― せつなは、ただ歩く。あてもなく。 トボトボと歩くその様は、捨てられた犬か、猫のようで。寂寥と影を背負い、弱々しくフラフラと揺れている。 まるで、その体を支える大切な軸を失ったかのように。 憔悴し、摩耗しきった心を現すかのように、その顔はやつれている。それは一見すると、幽鬼のようにも感じられる程。 彼女は歩く。誰もいない、商店街。静けさを破るのは、ただ鳥の声ばかり。その小鳥達も、せつなに気付くと飛び去っていく。それがまるで、自分を忌み嫌っているかのように思えて、彼女は目を伏せた。 そして、思う。 もう私には――――居場所がない。 私に居場所を与えてくれたのは、ラブだった。 行き場所を失っていた彼女を、家族として迎え入れてくれたのは、お父さんとお母さんだった。 そんな三人に、私はすごく感謝していた。 大切に思っていた。 愛してた。 本当に、素敵なひと時だった。 家族がいて。皆でお喋りをして。ご飯を食べて。 すごく幸せな時間だった。 それを――――それを奪う権利なんて、誰にもないわ。 そう言ったのは、自分。 なのに、私はその幸せを守れなかった。 ううん。 私が、奪ってしまった。 ラブはいなくなった。お父さんもお母さんも、笑顔を失った。 家族から、一人が欠け。皆でお喋りをすることも、ご飯を食べることもなく。 幸せな時間は、もう来ない。 かつての罪を償おうと、贖おうと生きてきたのに。 大切なものを守りたいと、そう思っていたのに。 何も出来なかった。 ただ罪を重ねただけだった。 やっぱり。 私は幸せになってはいけなかったんだ。 大切な人を、愛する家族を、こんなにも不幸にしてしまうのだから。 居場所なんか、求めちゃいけなかったんだ。 与えられたそれに、甘えてちゃいけなかったんだ!! やり直すことを、許された。 許されたと、思ってた。 けれど。 けれど、やっぱり――――罪には、罰があった。 それでも――――こんなのってない!! こんなのってひどいわ!! 心の中で叫びながら、せつなは足を止めることなく進む。まるでそれは、自動人形のように、ただ、ただ前へと。 プリキュアになんて、ならなきゃ良かった!! 生き返らなければ良かった!! イースとして、死んだままでいれば良かった!! そうすれば、ラブは死ななかった。 お父さんもお母さんも、幸せなままだった。 ――――私がいたせいで。 皆が、不幸になる。 きっと、これからも。 私のせいで、皆が。 ふと、せつなは歩き続ける。フラフラ、フラフラと。時折、人とすれ違ったり、早起きの商店街の人に声をかけられても、顔を上げることすらしないまま、ただ歩き続ける。 私のせいだ。 私のせいだ。私のせいだ。 私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。 私のせいだ。 何が幸せのプリキュアだ。 生きている限り、私は人を不幸にする。 こんな私に。 居場所なんてない。 生きる価値さえ。 歩く、せつな。 時折、立ち止まる。 美希の家、美容院の前で。 祈里の家、動物病院の前で。 立ち止り、そっと見上げる。 公園にも、行った。 ダンスのレッスンをした広場を、眺めた。 カオルちゃんがドーナツ屋を開く場所に、立った。 歩いて、歩いて。 街を歩き続ける。 その全てで、せつなはラブと出会った。 ここでラブと一緒に、お買い物をした。 この段差に引っかかって、ラブが勝ったばかりのアイスを落としちゃってた。 あっちの店で、お気に入りのものを見つけたと言っては喜んでた。 そこのベンチで、日が暮れるまでお喋りしてたっけ。あの時はまだ、私はイースだった。騙そうとしていた私を、最後まで信じてくれたのよね、ラブは。 浮かび上がっては消える幻想。 そのたびに、胸が痛む。心臓が張り裂けそうになる。 ハートから血が流れる。 真っ赤な、ハート。それは、鮮血に染まった―――― それでもせつなは、止めようとしない。 思い出すことを、目を背けることを、止めようとはしない。 どんなに苦しくても、痛くても、決して。 そして、謝るのだ。彼女は。 幻のラブに。 ごめんね。ラブ。ごめん。 貴方の望むように、いられなくて。 ごめんなさい。 最後に。 彼女は、クローバータウンを一望出来る、丘の上に来た。 かつて、生まれ変わったばかりの彼女が、あゆみに声をかけられた場所。 あの頃は緑のクローバーに包まれていた丘は、今は枯れ果て、茶色に染まっている。ひどく、寒々しい光景。 せつなは、腰を下ろす。 目に、焼き付けようと思っていた。これが、きっと、最後だから。 膝を抱えて座りながら、街と空を見る。相変わらずの、どんよりと湿った曇り空。 せつなは、考える。 どこに行こう。 いや。 どこで逝こう。 見つからない場所がいい。私のことを、誰も知らない場所で。 すぐには、思いつかない。 まぁいい、と彼女は思う。 時間は、たっぷりある。 考える時間なら、たっぷりと。 それまでは、この街を見つめていよう。 ラブが暮らした、幸せに溢れていた街を。 過去形になってしまったことは、自分の罪。 その形を、心に刻みつけよう。 やがて。 彼女は立ち上がる。 行く先が決まったわけではなかった。 それでも、もうここにはいられないと思った。 せつなの目に、光は無い。 それは、心が死んだから。 後は――――体だけ。 ゆっくりと歩き出す、せつな。その背中に。 「せっちゃん!!」 呼び止める声が、かけられて。 振り返る、せつなの視線の先には。 髪は乱れ、服も部屋着のまま。走ってきた為だろう、肩で息をしながら、彼女を見つめる女性―――― あゆみの、姿があった。 間に合った――――!! ラブは、ホッと一息を付く。 せつなの、彼女の様子から、何を考えているのかがわかっているのに、何も出来ないことにやきもきしていたけれど、でも――――間に合って、良かった。 そう。 あゆみを、ここに呼んだのは、彼女だった。 長老に託された二つの力、その内の一つを使って。 それはとても、危うい賭けだったけれど、ラブは信じていた。 お母さんなら、必ず来てくれると。 願いは、かなった。あゆみは、ここにいる。 後は、最後の仕上げだけ。 思いながら、ラブは。 あゆみを前にして、立ちすくむせつなの背後から。 残されたもう一つの力を使い。 万感の思いを込めて。 トン 彼女の、背中を押した。 強く。けれど、優しく。 不意に後ろから押され、バランスを崩したせつなが、あゆみの胸に倒れ込む。 すぐにその背中に、彼女の腕が回された。 そして、せつなは抱きしめられる。あゆみに、きつく、きつく、抱きしめられる。 「せっちゃん――――!!」 何があったのか、わからない。 どうしてこうなったのか、わからない。 けれど―――― 首筋に、雫が落ちたのがわかる。次々に、落ちてくる。 「泣いて――――るの?」 答えは無かった。ただ、肯定するかのように、またきつく抱きしめられた。 ギュッと。強く。 「私のことで、泣いてくれてるの――――?」 「当り前でしょうっ!!」 叫び声に、ビクッと体を震わせる。その彼女の肩を掴んだまま、あゆみは体を離し、 「心配したのよ――――急にいなくなって――――鍵まで置いていって!!」 涙で頬を濡らしながら、せつなを真正面から見つめる。その目から、彼女は、逃げることが出来ずにいて。 「せっちゃんが――――いなくなったのかと思って――――どこかにいっちゃっうのかと思って――――本当に――――本当に、怖かったんだから――――!!」 そう言って、三度、せつなは抱きしめられる。今度は、頭をかきいだくように。 壊れ物を扱うように、優しく。 「私がいなくなることが――――怖いの?」 「当り前でしょう!! 大切な、家族なんですもの!!」 「でも――――ラブは、もう、いないわ」 ラブがいないあの家に、私の居場所なんて―――― 「せっちゃんは――――」 そんなせつなの髪を、あゆみはゆっくり梳る。 「せっちゃんは、せっちゃんでしょう――――? 私の大事な娘よ」 あ―――― 息を飲む、せつな。 けれど―――― 「私が――――私がいたから、ラブは――――ラブは死んじゃった!! もう、戻らない!!」 逃げようと、せつなはもがく。 けれど、それを許すまいと、あゆみはきつく抱きしめ。 決して、離さず。 「私は!! 皆を不幸にする!! やっぱり私は、幸せになっちゃいけなか――――」 「せっちゃん!!」 せつなの叫びは、より強い声で塗りつぶされる。 その一声は、たくさんの――――とてもたくさんの、想いが込められていて。 動けなくなる彼女の瞳を、あゆみは間近から覗き込む。 「どうして――――そういうこと、言うの」 「――――あ」 涙を湛えたその瞳に、せつなは言葉を失う。 「せっちゃんはね、人を不幸になんか、してないわ――――だって」 私に、幸せをくれたんですもの。 「――――――――!!」 いつか、を、せつなは思い出す。 同じように、幸せになってはいけない気がすると言った彼女を、あゆみは、一つ一つやり直せばいいと、そう言った。 けれど、やり直しても、無駄だった――――そう、思っていたけれど。 「――――幸せ、だったの?」 「だった、じゃないわ。今でも、幸せよ」 「ラブが、いないのに――――?」 「それはもちろん、悲しいわ――――けれど、せっちゃんがいることは、幸せよ」 「ラブが、いなくても――――?」 「ええ。ラブがいなくても」 「私――――必要とされてる――――?」 「せっちゃんがいない方が、よっぽど不幸よ」 「私――――私、ここにいていいの?」 「当り前でしょう? 貴方は、私の大切な、娘なんだから」 「――――お母さん!!」 せつなは再び、あゆみの胸に飛び込む。 今度は、誰かに背中を押されることなく、自分から。 心が溶ける、音がした。 溶けた心は、瞳から涙となって溢れて行く。 どれだけ泣いただろう。 ラブが死んでから、どれだけの涙を流しただろう。 泣いて。泣いて。もう泣きつくしたと思ってた。 でも、涙はまた溢れる。頬を伝う。 違うのは。 『一つ一つ、やり直していけばいいのよ』 あゆみに、そう言われた時と同じように。 その涙は、あったかくて。 「せっちゃん」 大声をあげて泣きじゃくるせつなの背中を、あゆみはポンポンと、あやすように叩きながら抱きしめる。 「貴方はね、幸せになっていいの。私も、お父さんも――――ラブも。皆、貴方に会えて、幸せなんだから」 「……幸せ……」 「ええ、そう。だからね、私達も願ってる。せっちゃんの幸せをね」 でも、とせつなは目を伏せる。 「ラブは、私の為に――――」 「ラブだって、せっちゃんの幸せを願ってるわ」 「けど――――!!」 「証拠があるの」 言いながら、あゆみはポケットから自分の携帯を取り出す。 そして彼女が見せた携帯のメールには、 『お母さん!! せつなを探して!! 家を出てっちゃった!! 今、クローバータウンの外れの丘の上にいるから、すぐに来て!! そして、せつなに伝えて欲しいんだ。アタシ、せつなと会えて幸せだったよ、って。せつなに、幸せになって欲しい、って。それから――――大好きだよ、って』 「これ――――!!」 顔を上げるせつな。あゆみは、泣きながら笑う。 「ラブからのメールよ。ほら、送信者のところ、見て?」 「でも、ラブは――――ラブの携帯は――――」 ラブは死んだ。その携帯も、解約してしまった筈だ。 けれど、確かに送信者は、ラブの名前で。メールアドレスも、ラブのもので。 「そうね。うん、そう。何かの間違いかもしれない。けれど――――私ね、思うの。これは、本当に、ラブからのメールだって。天国から送られてきた、ラブからの想いを伝えるメールなんだ、って。だって、このメールの通り、せっちゃんはここにいたんですもの」 「天国からの――――」 「きっと、ラブは今も見守ってくれてるのよ。せっちゃんのことを」 携帯の、画面がにじむ。 ラブからの想いが、伝わってくる。 「ラブ……」 誰かを不幸にすることしか出来ない、そう思っていた。 けれど。 「お母さん――――私、本当に、幸せになっていいの?」 「もちろん。今、もしもせっちゃんが不幸なら――――私が、幸せを返してあげる」 「返す?」 「ええ。貴方が私の娘になってくれたことで、私がもらった幸せを」 繋がっているのだと、知る。 「私――――これからも……ラブがいなくても。お母さんって、呼んでいいの?」 「そりゃ、お母さんですもの」 幸せという名の、絆で。 私がここにいることで、お母さんが幸せになれる。 私がいなくなれば、お母さんは不幸になる。 それは、ラブがいなくても、変わらない。 私とお母さんの、絆。 私だけの、絆。 生きていて、いいんだ。 私は、この場所で。 お父さん、お母さんの家族として。 贖うべき罪は、まだあるのかもしれない。 けれど、私を受け入れてくれる居場所がある。 この場所で。 私は、生きていこう。 大切な人を失ったけれど。 まだ、大切な絆があるから。 「せっちゃん」 「――――お母さん」 「幸せに、なってちょうだい」 「――――うん。たくさん、幸せになるわ。そして、お母さんに、お父さんに、幸せを返すの。私を受け入れてくれて、ありがとうって」 そして、母と娘は。 抱きしめ合う。 かつて、彼女が初めて、お母さんという言葉を口にした時。 そこにはもう一人の娘がいた。 今は、二人。そこに寂しさを、感じないわけではない。 それでも。 互いを大切に思う気持ちは、変わらない。 だから。 抱きしめ合う。強く。 それは、幸せへの、初めの一歩だから。 「良かった」 二人の抱擁を見ながら、ラブは小さく呟いた。聞こえないだろうとは思いながらも、こっそりと。 本当は少し、自分もその中に入りたかったけれど、我慢する。 今は、せつなとお母さん、二人だけにしておきたかった。 「ホントに、良かったね、せつな」 そう言うラブの手の中には、リンクルンがあった。 ここから彼女は、メールを飛ばしたのだ。母、あゆみへと。 長老との会話を、ラブは思い出す。 「長老、教えて欲しいことがあるの!!」 『教えて欲しいこと? なんや?』 「長老の力って、メールにも使える!?」 『メール? そら、使えへんことはあらへんやろうが――――』 「だったら、あの力の一つ目で、アタシのメールが、ちゃんとこの世界でも届くようにして欲しいの!! 一通で、構わない!! せつなを助ける為に、どうしても必要なの!!」 危険な賭け、だった。 届いたメールに、あゆみが気付かなかったら。 気付いても、偽物だと思ったら。 信じてもらえなかったら。 けれど、あゆみは信じてくれた。 やっぱり、お母さんはお母さんだ。 大好き。 改めてあゆみの恰好を見て、ラブは思わず噴き出してしまった。 お母さん、靴の左右、違ってるよ。 それに気付かないぐらい、慌てて出てきたんだ? せつなのこと、そんなに大事に思ってくれてるんだね。 アタシからも、言うよ。ありがとう。 さぁ。 悪い夢は終わり。 せつな。 後は目を覚ますだけだよ。 「ぬぅぉぉぉぉぉおっ」 ウエスターの拳を、パッションは腕を交差させて受け止める。 が、勢いを殺しきれず、浮かび上がる体。そこに、 「おおおおおおっ!!」 彼の左足の蹴りが跳んだ。 「うっ!!」 直撃に、吹き飛ぶ彼女。ずざざざざ、と地面を転がり、そのまま倒れ伏す。 強い――――!! 改めて、美希は思う。さすがに幹部だけあって、一筋縄ではいかない。 けれど、これは時間稼ぎなのだ。ラブ達が戻ってくるまでの。それまでは、ここに引き留めておかないと―――― 「違うな」 ボソリ、とウエスターが呟く。 「貴様っ!! イースではないなっ!!」 「――――!?」 彼の一言に、彼らの戦いを見つめていたノーザが、目を見開いた。それに気付かぬまま、美希は動揺を必死に押し殺す。 「そ、そうよ。ようやくわかったの。私はキュアパッション――――」 「そういう意味じゃないっ!! ええい、姿を現せ、この偽物め!!」 叫び声と共に、一気に近付いてきたウエスターが、パッションの服をつかみ、彼女の体を強引に壁に向かって投げつける。 「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」 「パッション!?」 「よそ見をしてていいのかい?」 パッションに気を取られたピーチ――――祈里。その一瞬の隙を、サウラーに突かれる。はっと気付くが、時はすでに遅く。 「ふんっ!!」 腹にぶつけられた掌底に、彼女もまた、吹き飛ばされる。 「きゃっ!?」 ドン、と壁にぶつかり、落ちる二人。その瞬間に、彼女達が腰に付けている、リンクルンを入れたポーチが外れて、落ちて。 少女達は、元の姿に戻る。 パッションからベリー、そして美希へ。 ピーチからパイン、そして祈里へ。 「うぅ……」 「くっ……」 立ち上がろうともがく二人を、ウエスターとサウラーが見下す。 「やはり、偽物だったか」 「よくわかったね、ウエスター」 「戦い方が違ったからな。それにしても、どうしてイースに化けたりなど」 「なるほど。そういうことね」 頷きながら二人の前に現れたのは、ノーザだった。変身が解け、それでも立ち上がろうとする少女達を見て、彼女は嘲笑する。 「イースが目覚める為の時間稼ぎ、といったところかしら。インフィニティを渡さない為に、知恵を振り絞ったわけね?」 くっ、と歯を食いしばる美希と祈里の顔に、愉悦の笑みを浮かべながら、ノーザは続けた。 「惜しかったわね。すっかり、騙されてしまっていたわ。この私ともあろうものが」 くすくすと声を上げて笑ってから、ノーザは一瞬にして冷たい表情を取り戻す。 「けれど、もう終わり。残念だったわね――――もう、イースは目覚めない」 「待ちなさい!!」 拾い上げたリンクルンを構え、もう一度、変身しようとする美希だったが、ソレワターセがしならせた鞭のような腕に弾き飛ばされる。 「美希ちゃん!!」 「貴方達が悪いのよ。貴方達が、約束を守らなかったから。だから、イースは苦しみ続ける。そして――――永遠に眠る彼女を見て、永遠に苦しみ続けなさい」 そう言うやいなや、ノーザは。 ソレワターセの体に、自らを同化させ始める。 その行先は―――― 「――――え?」 戸惑いの声を、ラブはあげる。 せつな。せつなと抱き合っていたあゆみ。 二人の体から、急に色が無くなったから。 凍りついたように、彼女達の体が動かなくなる。 次の瞬きの後。 世界からも、色が無くなる。全ての色が。 せつなの赤の服。あゆみの栗色の髪。北風に揺れる木々の茶色。空の青。 全ての色が、無くなる。 セピアの世界。凍った世界。 「な、なに――――?」 せつなの元に駆け寄ったラブが、その体に触れようとする。 そして――――触れることが、出来た。夢の中の世界の筈なのに。 けれどその体は、氷のように冷たくて。 「何が起きてるの――――?」 フフフフフフフフフ―――― ラブが思わず漏らした言葉に返ってきたのは、女の含み笑い。 はっと振り返る彼女の前に、茶色の地面から姿を現す、二つの影。 そのうちの一つが、ラブの姿に気付き、その顔に浮かんでいた笑みを深くする。 「あら。こんなところにいたなんてね、キュアピーチ」 「……ノーザ!!」 8-233へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/648.html
四月。あたしとブッキーと美希たんは三年生になった。 ブッキーと美希たんはエスカレーター式の中高一貫の私立だから、ある程度の 成績キープしてれば進学は問題ナシなんだって。 あたしと言えば……ガッタガタ。 ホント、現実感のカケラも無いなぁ。受験生、なんて。 まったく、せつなが勉強教えてくれるって思って安心しきってたのにさ。 せつながラビリンスに帰ってどのくらい経ったっけ。 部屋はいつも埃一つ無いくらいに綺麗に整えられてる。 お母さんが毎日の掃除は欠かさないから。 風邪引いたりして、他の家事は手を抜く事があってもせつなの 部屋の掃除だけは絶対にやってるの知ってる。 どんなに具合が悪くたって、あたしやお父さんには頼まないの。 あたしがするのはシーツ類の洗濯くらいかな。 お母さん、何も言わないけど知ってるはず。 あたしが夜はせつなのベッドで寝てるの。 ねぇ、せつな。 あたしこの頃寝坊ばっかだよ。せつなが朝起こしてくれないからさ。 この間とうとう遅刻しちゃった。 宿題もね、何とか忘れずにはやってるけど。 間違いだらけで再提出くらっちゃうの。 せつなと一緒にやってた時はそんなの一回も無かったのに。 体育の時間もね、あたしやっぱり球技って苦手みたい。 ボール持ってもすぐに誰かにパスしちゃう。それもうっかり敵に パスしちゃったりするもんだからさ。みんな呆れてたよ。 ねぇ、せつな。 あたしね、せつながこっちにいた頃、結構せつなの事フォローしてた つもりになってたんだよね。 せつなはこっちの事分からないから。知らない事は助けてあげなくっちゃっ、て。 でもさ、お互い様だったんだね。 あたしもたくさんせつなに助けて貰ってた。 せつなとなら、勉強だってしんどくなかった。 すぐに休憩したがったり、集中力が無いってせつなに叱られたりもしたけど。 せつなといた頃は一回も宿題忘れもテストで赤点取る事も無かったんだよ。 体育だって楽しかったなぁ。せつなが上手くパス回してくれたり、 あたしが動きやすいようにミスをフォローしてくれてたんだよね。 あーあ、由美や大輔ともクラス別れちゃってさ。 学校ってあんなにつまんなかったけ?なんて思っちゃうんだよ。 このあたしがだよ?せつなに学校ってすっごい楽しいって言ってたのに。 放課後はやっぱり美希たんやブッキーと集まっちゃう。 相変わらず楽しいんだ。三人でのお喋り。時間を忘れちゃうって言うかね。 でも、ね。ふと、会話が途切れる時があるの。 おかしいよね。普通に話せばいいのに。 「せつな、今頃どうしてるのかなぁ。」 「せつな、頑張ってるんだろうなあ。」って。 何でだろうね。どうして、話せないんだろう。 不思議だよ。ちょっと前までは三人が当たり前だったのに。 どうしてこんなに「欠けちゃった」って感じるんだろう。 どうしてこんなに、足りないって思っちゃうんだろうね。 この間ね、とうとうみんなで泣いちゃった。 三人でいつもみたいに公園でお喋りしてたの。 ブッキーが飲み物買ってきてくれたんだけどね。 ブッキーってば、ペットボトル四本持ってるの。 帰って来るまで全然気付いてなかったみたいでさ。 気付いた後、もう…ね。 ボロボロボロボローーって感じで涙が。「せつなちゃぁ~ん……」って。 美希たんがそれ見て怒りだしちゃったんだ。 泣かないでよ!って。 あたしが、ラブが泣かずに我慢してるに、ブッキーが泣いてどうすんのっ!って。 ブッキー、えぐえぐ言いながら泣き止もうとするんだけど、うまく行かなくて。 そんなブッキー見てたらあたしも、うっっ…!ってなっちゃってさ。 「美希たん、ブッキー怒んないで。ブッキーは悪くないじゃん!」って 我慢できなくて、あたしまでボロボロきちゃってね。 そしたら美希たんも、「何よ二人とも!アタシは平気だとでも思ってんのっ!!」 そっからはもう、ぐっちゃぐちゃ。 ワンワン泣いちゃってさあ。公園でだよ?人もいっぱいいるのに。 みんな見てんの。そりゃそうだよね。 中学生の女の子が三人も、ちっちゃい子供みたいに泣きじゃくってるんだから。 しばらくしてやっと泣き止めた頃にね、カオルちゃんが ドーナツ持ってきてくれたの。 「お嬢ちゃん達、これでも食べて元気出しなよ。」って。 春限定のいちごみるく味。すごく美味しいんだよ。優しい味でさ。 せつな、食べた事なかったよね。仲間になったのは夏だったし。 それ考えたらまたジワァ~と来そうになってさ。 でも他の二人みたら、二人ともあたしとおんなじ顔してんの。 おんなじ事考えてるの丸分かり。 結局また三人とも口もぐもぐさせながら、べしょべしょになってんの。 カオルちゃんも困ったろうな。 元気付けるはずが、やっと泣き止んだのにまた泣いてるんだから。 そこからせつなの愚痴大会になっちゃった。 だってさあ、めちゃくちゃショックだったんだよ? 電話もメールも通じないんだもん。 滅多に会えなくなるのは分かってたけどさ、電話やメールは 普通に出来るって思ってたんだから! 電話は何度掛けても『お掛けになった電話番号は……』のアナウンス。 メールを送れば『送信元が見付かりません』。 マジで血の気が引いたよ?嘘でしょ?って。ショック過ぎて涙も引っ込んだよ。 呆然としちゃったんだから。 もう、美希たんもブッキーもぶうぶう言ってたんだからね。 「せつなってば冷たすぎ!」ってさ。 ………嘘。嘘だよ。本気じゃないよ。せつなだって分かってくれるよね。 さみしいよ。 会いたくて、会いたくて堪らないの。 声だけでも聞きたいの。 それが無理なら、メールでもいい。 そんなに長くなくっていいんだ。 『元気にやってるよ』って、一行だけでもいいから…… せつな、せつな、せつなせつな、せつな……… なるべく泣かないようにって、思ってるけど…。 時々、我慢できなくなっちゃう。 このままじゃ、元気印の明るいラブちゃんって言われなくなっちゃいそう。 こんなあたし、せつなだって嫌だよね。 いつも思ってるんだよ?笑っていようって。 せつな、あたしの笑顔が好きって言ってくれてたから。 もう深夜1時をとっくに過ぎてる。この分じゃ明日も遅刻かな。 いつもリンクルンを握り締めて眠る。 いつ、せつなから連絡があってもいいように。 いつも朝起きてガッカリするんだけどね。 着信履歴に何も残ってないのは分かってるから。 (………え……?) 手の中で震えるリンクルン。伝わる振動。 おそるおそる、画面を見て……… 『せつな』の文字。 早く、早く出なきゃ。切れちゃうよ! でもホントに?ホントにせつななの? あたし、気付かない内に寝ちゃってて…夢、とかじゃないよね。 ああ、どうしよ。指が上手く動かない。 通話ボタン、なんでこんなにちっちゃいのよ……! 「………ーっもし、もし…?」 『もしもし、ラブ?!よかった!やっと繋がった!』 せつなの、声。少し低い、柔らかくて甘いアルトの声。 あたしの、世界で一番好きな声。 間違いない……!せつな…! 『ごめんね。ずっと連絡出来なくて。私もびっくりしたの。 ラビリンスに戻った途端、通じなくなっちゃたもんだから……』 (…せつな……せつな……せつな……) 『メビウスが壊れちゃったせいでね、色々と電気系統とか通信手段に 不具合が出てきちゃったみたいで……』 (せつな、せつな、せつな、せつな…) 『やっぱり、まず最初は国民のライフラインを確保しなきゃいけないから。 私的な通信手段なんかは一番後回しになっちゃって……』 「……ーーーーッッ!!」 『…って、こんな事くどくど言っても仕方ないわね。……ラブ?』 「……………せつな……」 『……あ…、もしかして、って、もしかしなくても…寝てた…わよね? やだ…、私ったら、ごめんなさい。つい…嬉しくて…時間も考えずに。』 「…………」 『あの……、また、掛け直した方が……いい?』 「…せつ、な……」 『ラブ……?』 せつなの声。ちゃんと、生身の体温を伝えてくる、確かな手触りを持った声。 せつながいる。あたしと、話してる。 せつな、ちゃんといたよ! 「ーーーっ、せつなっ!…えっ…えぅ!…うぅっ…ふっえ…えっ…く…」 『ーっ!やだ、ラブ!』 「せつっ…な、せつなだぁ…!ホントにっ、せつなだよ……ふぇぇ…」 『…もうっ!…ラブぅ、泣かないで…。私だって、我慢……』 「せつなっ…、せつなぁ……」 『…我慢してるんだからっ!もう、話せなくなっちゃう…』 お互いが、泣き止めるまで少し掛かった。 でも、受話器越しの気配が温かくて。 顔が見られないのが切なくて…。 涙は止まったのに、中々言葉が出てこない。 「……せつなは、精一杯頑張ってるんだろうね。」 『うーん、どうかな…?』 「?」 『もう少し、頑張りたいんだけどね。中々頑張らせて貰えなくて。』 「…なんで?」 『あの二人がね……』 ふふっ…とせつなが笑う。 信用、ないみたいなのよ。私はスイッチが入ると後先考えず暴走するって 思われてるみたいでね。 自分達は不眠不休で現場に泊まり込んだりしてる癖に。 私は絶対に連れて行ってくれないの。 自分達は男で大人だからって。 私だって幹部の一人だったのに。今じゃすっかり子供扱いよ。 その癖、自分達の嫌いな事務処理や面倒な手続きは押し付けけてくるの。 まったく都合がいいんだから。 多分、あの変なカードでズタボロになってた時の事があるからだろう。 せつな、言う事なんて聞かなかったんだろうな。 それでも、ぶつぶつ文句を言ってるせつなの口調には、 温かな親しみが溢れている。 あの二人、そう昔の同僚で今は仲間の事を話すせつな。 せつなは、ラビリンスでも自分の居場所を作ったんだ。 昔の仲間と新しい絆を結び、信頼仕合いながら頑張ってるんだ。 よかった。せつな、生き生きしてる。 すごく、大変なんだろうな。 でも、その声には遣り甲斐と手応えを感じているだろう、 確かな誇らしさが滲み出ている。 よかったね。あたしも嬉しい。せつな、忙しいけど充実してるんだよね。 …………………。 さみしくて、堪らないのはあたしだけ……? せつな、もう……こっちには……… 『……ラブ。』 「………ん?」 『……会いたい…。』 「!!!」 『ラブの作ったハンバーグ、食べたい…』 「せつな……」 『お母さんのコロッケと、お父さんの肉じゃがも……』 「……せつな」 『おうちに……、みんなの…ラブの所へ、帰りたい…。』 せつな。ああ、ゴメン…せつな。 あたし、自分の事ばっかり。自分がさみしくて拗ねてるからって…。 頑張ってるせつなは、あたしがいなくても平気なんだ…なんて。 そうだよ。せつなの方がさみしくて、不安で、心細いに決まってるじゃん。 あたしにはお父さんもお母さんも、美希たんもブッキーも側にいるのに…。 『ラブぅ。私、精一杯頑張るから。頑張って、ラビリンスを一日でも早く 建て直して…』 「……うん。うん、せつな…」 『それで、それで…胸を張って帰るから。ラブの所に。』 「うん。あたし、待ってるよ!あたしも頑張る。せつながいなくても、 精一杯幸せゲットするんだ。せつなに胸張って報告出来るように!」 『……うん、ラブ。うん。』 『せつなもね、ラビリンスでも幸せゲットだよ!』 それから、あたし達は延々とお喋りしてた。 取り止めのない、他愛ないお喋り。 みんなの近況や、学校での事。 でも、さみしくてずっとやる気のない生活してたって事は言えなかった。 頑張ってるせつなに対して、あんまりにも恥ずかしくって。 気が付けば、窓の外が明るくなって来てた。 さすがに、もう切らないと。 「……夜が、明けてきちゃったね。」 『うん、こっちも。』 「……そろそろ…」 『……そうね……』 「……………」 『……………』 『そうだ、ラブ。あのね、すぐには無理だけど、もう少ししたら 一度そっちに行けると思うの。』 「…!!ホントに!」 『うん、さすがに明日とか今週末…とはいかないけどね。 何週間も先じゃないと思う。帰れるって言っても、 精々半日がいいとこだろうけど……。』 『ホントに、ホント?嘘じゃないよね?やっぱり無理…とか、 そんな事にならない?あたし、そんな事になったら爆死だよ!!』 『私だってそうよ。ホントは、突然帰って驚かせようかと思ったんだけど…』 「そんな事されたら、それこそショック死!せっかく会えるのに あたしを殺したいの?!せつなはっ!!」 『もう…、落ち着いてよ。』 落ち着いてなんかいられますか! もうっ、何でこんな大事な情報を最後の最後に出すかな。せつなってば! ああっ、なんかクスクス笑ってるし! 『また、連絡するから…。』 「絶対だよ!あっ、メールとかこっちからも送れる?」 『多分ね。』 「オッケー!後で送るから!」 『私も。それに、美希やブッキーにもこれから送って見る。』 うんうん、美希たんもブッキーも超ーっ喜ぶ! 多分、いや絶対泣くね。賭けてもいい。 『……ホントに、そろそろ切らなきゃ…』 「…そだね…」 そうだよね。また、電話出来るようになったんだから。 せつなだって今日も忙しいよね。少しは眠らなきゃだし。 『……ラブ……』 「…んー?なあに?」 『………大好き…』 「……ーっ!……もぉう、…切れなくなっちゃうよ…」 『…ごめんなさい。まだ…言ってなかったなぁ…って。』 「あたしだって…、あたしも大好きなんだから!すごくすごく、大好きだよ!」 『………………』 「………………」 『本当に、切れなくなっちゃうわね…。どうしよ?』 「……じゃあ。せーの、で、一緒に切ろうか?」 『分かったわ。せーの、ね?』 「ホントに同時にだよ?あたしが切るの、確認してから…とかダメだからね。」 『……。』 やっぱり。そんな事だと思ったよ。 ラブさんの目(この場合、耳?)は誤魔化されませんよ。 「じゃあ、行くよ?……せー…の……」 プツン…と言う儚い感触。同時に離れた、温もりと…。 途端に、現実感が薄れて不安になってリンクルンを見る。 表示されてる通話時間。着信履歴に残る、『せつな』の名前。 (……夢、じゃない。) リンクルンをぎゅっと胸に抱き締める。 せつなとの絆を、確かめるように。 すると、もう一度、震える。 件名『届いてる?』 送信者はやっぱり、『せつな』 『ちゃんと送れたかしら?もう朝だけど、少しでも寝なきゃ駄目よ。 でないとラブは絶対に授業で居眠りするにきまってるんだから! 私も一休みしてから、仕事に行くから。今日も精一杯頑張るわ!』 ぷっ、と思わず吹き出す。 (まあったく。最初のメールがお小言って。ムードないんから。) でも、せつならしい。 うん、そうだよ。せつなはこうでなくっちゃね! あたし達はなんにも変わらないんだから。 あたしはパンッ!と音を立てて自分のほっぺを挟む。 (さあて!気合い、入れなきゃ!) せつなには寝ろって言われたけど、このままランニングしてこよう。 ずっと、ダンスも体力作りもおさぼりしてたもんね。 ひとっ走りして、汗かいたらシャワー浴びて。 それから、お父さんとお母さんにとびっきり豪華な朝ごはん作ってあげよう。 ラブのスペシャルオムレツは外せないね。 せつなも大好きだったやつ。 あれが朝ごはんに付くと、せつなニッコニコだったな。 うーん…、と伸びをする。 だらだらなんてしてられないね。 今度はちゃんと報告するんだもん。 あたしも頑張ってるよ!って。 せつなみたいに、すごい仕事してる訳じゃないけど、 精一杯自分に出来る事をやってくんだ。 せつなに、恥ずかしくないように。 せつなに、ラブの笑顔が大好きって言って貰いたいから。 (せつな、行ってきます!) あたしは、早朝の澄んだ空気の中に飛び出して行った。 避-922へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/1270.html
幸せは、赤き瞳の中に ( 第6話:不幸の襲来 ) 地面にゴロリと横たわった街頭スピーカー。しんと静まり返った通りに、せつなは呆然と立ち尽くす。 ラブが消えた。目の前で忽然と消えてしまった。それも……戦闘服を着て、ナケワメーケを操っていた相手と一緒に。 ガクガクと震えそうになる身体を必死で静め、二人が消えた陸橋の下を凝視する。 一刻も早く、ラブを取り戻さなくてはならない。そのために、何かほんの些細なものでも、ラブの居場所を突き止められるような手がかりが残ってはいないか……そんな祈るような気持ちで目を凝らす。 一人の人影すらない、ガランとした街。その普段の姿との違いの大きさが、より一層にせつなの不安を掻き立てる。と、その時、慌てた調子の大声が後ろから急速に迫ってきた。 「イース! ラブはっ!? ヤツはどうし……うぐっ」 「ウエスター! 一体、何があったの!?」 考える間もなく身体が動いた。せつなの細い両腕が、息せき切って駆けてきた大男の胸倉を掴み、締め上げる。 「……すまん。全て俺の責任だ」 せつなの手を払いのけようともせず、無様な前かがみの格好のまま、ウエスターが喉の奥から声を絞り出す。それを聞いて、せつなは我に返ったように、ようやく手を離した。 ごめんなさい、と目を伏せたまま小さく呟くせつなの隣に立って、ウエスターも鋭い眼差しで辺りを見つめる。 これは「失態」などと言う生易しい言葉で済まされることではなかった。何をしでかすか分からない相手に、戦闘力を持たない者が連れ去られたのだ。生かすも殺すも相手次第――それはすなわち、限りなく“死”に近い状態を意味する。 ましてや被害者であるラブは、平和な世界で暮らす、今はこんな危険とは無縁の少女なのだ。そのラブをこの世界に連れて来たのも、彼自身。全ての状況は自分が招いたと言って過言ではない。 やがてウエスターが、悔しそうに「クソっ!」と小さく呟いた時、彼の通信機が着信を告げた。 ウエスターが通信機をスピーカーモードにする。すると、いつもより早口のサウラーの声が聞こえてきた。 「報告を聞いて、今、全てのモニターのチェックを終えた。その場所から半径二キロ圏内に、ラブらしき姿は無い。二人は本当に、そこから消えたのか?」 「間違いないわ!」 「おう! 俺も見ていたぞ」 せつなとウエスターが口々に言い募る。 「だとすると、ラブを連れ去った彼女は、何か特別な手を使ったというわけか? いくら幹部候補だったと言っても、そんな芸当が……」 「ええい、つまり何の手がかりも無いと言うことかっ!」 サウラーのいぶかしげな呟きを、ウエスターが苛立たし気に遮る。その時、通信機の向こうでけたたましいアラームが鳴り響いた。同時にウエスターの通信機が第二の着信を告げる。 「なんてことだ……ナケワメーケがまた現れたぞ!」 通信機の向こうで、サウラーが心底驚いたような声を出す。状況から見て同一犯と考えるのが自然だが、こんな頻度でナケワメーケを召喚するのは、ウエスターやサウラーでも容易なことではない。 「ほう……思いのほか早く、チャンス到来か。今度こそヤツを捕えて、必ずラブを取り戻してやる!」 凄みを帯びたウエスターの声が、それに答える。サウラーが一緒ならば、頭を使うのは彼の仕事ではない。これで心置きなく戦える――誰よりも前線に立って、誰よりも強い力で。殺気すら伴った闘志が、彼の全身から放たれる。 せつなはそんなふたりに目をやって、もう一度陸橋の方に視線を戻し、硬い表情でその場所に背を向けた。 「全員、戦闘服を着用の上、現場に急げ!」 「ウエスター、私も……」 そう言いかけて、せつなは口をつぐむ。 今の自分では、戦力にならない。かえって足手まといになるのがオチ――それは自分自身が、痛いほどによく知っている。 せつなの声が聞こえなかったのか、それとも聞かなかったことにしたのか、ウエスターの返答は無かった。そのまま部下に手短に指示を終え、通信を切って振り返る。 「お前は住人たちの避難を頼む」 そう言うが早いか、ウエスターはマントを翻し、飛ぶように走り去った。 見る見る遠ざかっていくその後ろ姿を見つめて、せつなは一人、唇を噛みしめた。 幸せは、赤き瞳の中に ( 第6話:不幸の襲来 ) 「あ、居た! せつなさん、あの……」 避難所になっている食糧庫の一室。ようやくせつなを探し当てた給食センターの若い女性職員は、声をかけようとして、慌てて思い止まった。 薄暗い部屋の隅に立って、通信機で誰かと話している後ろ姿。その左手の拳がギュッと握られて、小刻みに震えている。だが。 「ごめんなさい。何かありました?」 通話を終えて振り返ったせつなの表情は、いつもと変わらない穏やかなものだった。 「あ……はい。今日新しく避難してきた人と、昨日から居る人たちとの間で、ちょっと……」 「すぐに行きます」 せつながうっすらと微笑んで、先に立ってスタスタと歩き出す。その様子に、職員は安心した顔つきで、せつなの後ろに従った。 だから彼女には見えていなかった。歩き出したせつなの顔から瞬時に笑みが消え、代わりに眉間に深い皺が刻まれていたことを。 ナケワメーケが街を襲い始めて――つまりラブが連れ去られて、三日目の夜を迎えようとしている。 ウエスターの決死の覚悟も空しく、少女はまだ捕えられてはいなかった。従ってラブの行方も、ようとして知れなかった。 この三日間が、この街の人々にはどれほど長く感じられたことだろう。ナケワメーケは日に何度も、時を変え、場所を変えて街を襲い続けた。信号、陸橋、電波塔……様々なものが次々と怪物になって、建造物を破壊し、人々を苦しめている。 度重なる襲撃のせいで、整然とした街並みは、その半分以上が廃墟や瓦礫の山と化し、人々は残り少なくなった建物に、身を寄せ合って避難していた。 一般国民の日常をここまで脅かしている、今や首都全体の由々しき事態――だが、あの最初の襲撃の後からは、怪物を操っているはずの少女の姿が、現場のどこにも見当たらないのだ。 ナケワメーケ自体も、ウエスターたちが駆け付けるとそれを嘲笑うかのように、すぐに元の公共物に戻ってしまう。怪物を生み出したはずのダイヤも、少女の手がかりも、現場には何も残っていない。 そんなことが、イタチごっこのように今日も延々と繰り返されたと苦い声で語ってから、サウラーはこう付け足した。 「何か少しでも手がかりは無いかと、僕も僕なりに探しているところだ。何か分かったら、すぐに連絡する」 サウラーが気休めを言うところなど、せつなは今まで一度も聞いたことが無い。それを口に出すほど手立てが無いと言うことなのか。それでももう少し何とかならないものかと、つい苛立ちが口をついて出そうになって、せつなはグッと拳を握って、何とか堪えたのだった。 避難者たちがいる方へ行ってみると、人々が二手に分かれて睨み合っていた。さっき職員が言っていた通り、今日ここに避難してきた人たちと、何日もここに居る人たちとが言い争っている。 「だから、こんな場所じゃまた襲われた時に危ないだろ!」 「私たちも、奥の部屋に入れてちょうだい!」 彼らが言う“奥の部屋”とは、倉庫を片付けて作ったスペース。だからいざとなればシャッターを閉めて、外と遮断することが出来る。しかし、その場所は既に人で一杯になっており、仕方なく、今日来た人たちは手前の部屋――大きなガラス窓がある事務室に避難していた。 いつ襲われるか分からない恐怖と、不自由な生活。長時間の緊張状態。何より、ほとんど全ての住人が、初めて経験する不慮の事態……。ここに及んで、普段は温厚で従順なラビリンスの人たちの、いつもとは違う一面が顔を覗かせる。 血走った眼で詰め寄る避難者たちを、初日から避難している中年の男性が押しとどめる。 「奥はもう一杯だ。何か頑丈な物で窓を塞いで、出来るだけ危険を少なくしよう。だからここで我慢してくれ」 男性の落ち着いた物言いに、新しい避難者たちが言葉を引っ込め、顔を見合わせる。だが、それも一瞬。 「そうだそうだ! 後からやって来たくせに、勝手なこと言うな」 「こっちだって狭いのを我慢して場所を作ったのに、何て態度なの?」 男性の後ろから苛立った様子の複数の声が上がって、辺りの空気はさらに緊迫の度合いを増した。 「何よ、その言い方は。早い者勝ちだなんて誰が決めたの?」 「ここは公共の倉庫だろ。君たちだけの場所じゃない!」 「何だと? そんなに文句があるなら他所へ行けよ」 「こんな時に、街へ追い出そうっていうの!?」 「こんなに大勢が一か所に集まっていたら、食糧だって持たないぞ」 「もうやめて下さい。皆さん、少し落ち着いて!」 そう言いながら、せつながいがみ合う二つの集団の間に割って入った。人々の苛立った、敵意すら感じられる視線が、一斉にせつなに突き刺さる。 視線が痛い――そう感じられるほど強い視線にさらされることなど、このラビリンスで、かつてあっただろうか。 (本当に、ここはラビリンスなのかしら……) つい先日は、真逆の意味でそんなことを思った――それを思い出すと共に、ラブの笑顔が蘇って来て、胸の奥が、視線の痛みなどとは比べ物にならない痛みを訴えた。 再び左手の拳を、ギュッと握る。 (こんな時、ラブなら……) 目を閉じて深呼吸し、気持ちを落ち着ける。そして一人一人の顔を真っ直ぐに見つめながら、せつなは静かな、しかしよく通る声で語りかけた。 「今、警察が、怪物の攻撃から私たちを守りながら、犯人逮捕に動いています。政府も懸命に犯人を捜しています。私たちは彼らを信じて、私たちに出来ることをしましょう。ここに居る人たち全員で、助け合って……」 だが、そこでせつなの言葉が途切れた。ひとつひとつは小さいが、不安と不満の塊のような囁きが、さざ波のように部屋中を覆ったのだ。 「そんな、信じろなんて無責任に言われても……」 「もう三日よ? 一体いつまで待てばいいの?」 「いい加減、我慢の限界だ」 せつなの顔を一切見ようとはせず、疲れ切った顔でブツブツと呟く声。 なおも言い募ろうと息を吸い込んでから、伝えるべき言葉が見つからなくて、せつなが力なく息を吐き出す。 が、そこでせつなの呼吸が止まった。ごく小さな、ため息と共に吐き出された力ない言葉が、雷のような衝撃を伴って耳を打ったのだ。 「以前は……メビウスの時代には、こんなこと絶対に無かったのに」 「おいっ! そんなこと、言うもんじゃないだろう!」 慌てたように声の主をたしなめる、さらに小さな声がする。だが、さっきの声はおさまらない。 「だってそうだろう? 俺は事実を言っただけだ」 「メビウスは、僕たちを管理していたんですよ?」 「ああ。でもだからこそ、こんな犯罪なんて絶対に起こらなかった」 「事故も災害も、その存在すら知らないでいられたしな」 「じゃあ私たちは、メビウスに守られていた、ってこと……?」 「いい加減にしないか! せつなさんの前だぞ!」 ごく小さな声で言い合っていた人々が、その一言でハッとしたように、せつなの方を窺う。 うつむいたせつなの表情は、黒髪に隠れてよく分からない。 「せつなさん……」 彼女の後ろに付き従っていた女性職員が、泣きそうな声で呟いた時。 「ナケワメーケ!!」 窓の外から、新たな怪物の雄叫びが聞こえて来て、部屋の中は騒然となった。 「マズい。スピーカーの化け物だ!」 「全員、窓から離れろ! 耳を塞げ!」 「うわ、お願い、押さないで!」 一斉に奥の部屋へと逃げ込もうとする人々。だが、ナケワメーケが続いて発したのは、あの頭が割れるような雄叫びでは無かった。 「愚かな者たちよ。これは、メビウス様からお前たちへの、制裁だ」 ナケワメーケの頭部にあるスピーカーから、初めて人の声が響く。まだ若い女性らしく、少々甲高い声。だが、それを補って余りある堂々とした語り口調とよく通る声音には、聞く者に耳を傾けさせる威圧感のようなものさえ備わっている。 「メビウス様は、このラビリンスから完全に消え去ってなどいない。忠実な僕であるこの私の手で、復活される日を待っておられるのだ。大恩ある存在を裏切ったことを後悔するのなら、泣け! 嘆け! そして許しを請え! お前たちの不幸が、メビウス様の力になる」 あまりにも衝撃的なことを知らされると、かえって言葉は出て来なくなるものらしい。 部屋の中は一瞬、しんと静まり返った。が、続いて沸き起こったざわめきは、あっという間に部屋全体をパニック状態に陥れた。 「メビウスが……」 「復活するというのか……」 「再びこの世界に、メビウス様が……」 「私たちは、どうなってしまうの……」 「だけど、受け入れてしまえば、もうこんな目には遭わずに済むんじゃないか?」 「今、裏切ったと言われたじゃない。何の制裁も無しに許されると思ってるの?」 自分達を苦しめているのが、単なる犯罪者による事件ではなく、絶対者であったメビウスによる粛清である――その通達は、わずかばかり残っていた人々の希望を消し飛ばすのに十分だった。 立っていられなくなったのか、その場にへたり込む者が続出する。 あちこちで火の付いたように子供たちが泣き出した。大人たちはそれをなだめるでもあやすでもなく、ただ呆然とその場に座り込んでいる。 「せ、せつなさん……!」 さっきの女性職員が、すがるような目でせつなの姿を追い求め、え……と驚きに声を飲み込んだ。 驚愕と恐怖に支配された部屋の中から、せつなの姿は忽然と消え失せて、もうどこにも見当たらなかった。 食糧庫の扉が、一瞬だけ内側に開く。外へと走り出た少女――せつなは、ギリリ、と音がするほど奥歯を噛みしめて、そびえ立つ化け物を睨みつけた。 避難所の人たちがパニック状態に陥っていることなど、今はどうでもよかった。 メビウスがまだこの世界に居るかもしれない。そんな衝撃の告白すらも、どうでもよかった。 (許せない) ナケワメーケの姿に、メビウスの本体であった巨大な球体が重なって見えた。 もうダメかと何度も思うような状況の中で、そのたびに立ち上がって果敢に挑みかかった、仲間たちの姿が蘇る。 傷つき倒れた自分たちを励まし、思いを託してくれたラビリンスの人たちのお蔭で、キュアエンジェルに覚醒した――あの時の高揚感も、ありありと思い出される。 (許せない) 自分のことはいい。そもそも、ラビリンスの幹部であったイースがプリキュアになったこと自体、受け入れられるようなことではなかったのだから。 だが、仲間たちが傷つき、ぼろぼろになりながらも、このラビリンスで戦ってくれたことを、その戦いに心動かして、応援してくれたたくさんの人たちの思いがあったことを、嘲るようにこんな形で無駄にしようとするなんて――。 (絶対に……許せない!) せつなの瞳が怒りのためか、常よりも赤く輝く。その鋭い視線が、ナケワメーケの右肩の辺りに流れた。 そこに立っている小さな人影を認めて、大きく目を見開く。そして次の瞬間、せつなは獲物に襲いかかる獣のように走り出した。 「もう一度言う。これは、メビウス様からお前たちへの、制裁だ!」 そこに立っていたのは紛れもなく、昨日ラブと共に消えたあの少女――ナケワメーケを操っている少女だった。 走り出したせつなを遮るように、一台の車が滑り込む。現場に急行した警察車両だ。そこから腕っぷしの強そうな若者が、続々と降りてくる。 彼らは一様に、警察支給の戦闘服を着用していた。ウエスターやサウラーのような過酷な訓練を積んだ者だけが扱える特別製ではないが、それでも使用者の身体能力を数十倍に底上げしてくれる、優れた武装だ。 その者たちの中に、慌てたのだろうか、まだ戦闘服を手に持ったままの警官が混じっていた。せつなはそれを見つけるや否や、彼に狙いを定めて躍りかかった。 その若者は、一瞬、自分の目を疑った。戦闘態勢にあるはずの数人の仲間が、突然目の前で、バタバタと地面に倒れ込む。一陣の風のように近付いてきた何者かが、ただの一撃で昏倒させたのだ。 仲間の安否を確認する暇など無かった。すぐさま目の前の脅威――不届き者の方へと向き直る。だが、相手はもうそこには居なかった。 後ろに気配を感じたと思った瞬間、首筋に手刀が叩き込まれる。そして抱えていた戦闘服が奪われると同時に、意外にも女性の声がこう囁いた。 「説明している時間が無いの……ごめんなさい」 薄れゆく意識の中で、彼が最後に見たものは、ラビリンス人にしては珍しい黒々とした髪と、硬い表情でこちらを見つめる赤い瞳だった。 警察車両から離れた路地に飛び込んで、せつなは改めて手の中のものに目をやった。 ラビリンスの戦闘服――久しぶりに手にするそれは、かつて自分が着ていたものに性能では及ばない。だがこれがあれば、少なくとも目の前の敵と――少女と戦う力を得ることが出来る。 急いで身に纏おうとして、せつなは自分の両手が小刻みに震えているのに気付いた。 (怖れているというの、私は……。この期に及んで) 「泣け! 嘆け! そして許しを請え!」 少女の声が、頭の上から威圧するように降って来る。 仲間たちの奮闘も、ようやく自分の足で歩き出そうとしているこの国の姿も、嘲るように踏み潰そうとする声――その声が、かつての自分の声と重なって聞こえた。 (もしかしたら、全てを無駄にしようとしているのは私の方かもしれない。それでも……だとしても!) 「誰も泣かせない! 誰も嘆かない! 私が……このイースが、お前を倒すっ!」 言葉と共に、手にした戦闘服が旗のように勇ましく空中に翻る。だが、伸ばした腕がそれを纏うことはなかった。 背後に感じる巨大な気配。と同時に大きな掌がせつなの腕を掴み、締め上げる。せつなの渾身の力を持ってしても、拘束は微動だにしない――。 「何をするのっ、放して!」 「すまん、イース。だが、今のお前にそいつは着せられない」 いつの間に現れたのか、ウエスターがいつになく神妙な、哀し気にも見える顔つきで、そこに立っていた。 「おかしなものでな。この職務に就いてから、こんな俺でも人間の感情ってヤツに、少しは敏感になって来たようだ」 「何が言いたいの?」 「上手く言えんが……とにかく今のお前を行かせたら、俺はもうお前たちに顔向け出来なくなる」 「……え?」 「ラブがあの時なんて言ったか、俺にも読めてしまったんでな」 ――せつなぁ~! 大好きだよ~!! あの時、別れ際にラブが叫んだ言葉――声は聞こえなかったが、唇の動きで確かにそれと分かった言葉。この三日間、焦燥と一緒に何度も脳裏に浮かんできた言葉が、再びせつなの中に蘇った。 「だったら、私の気持ちもわかるでしょう!?」 「ああ、わかるぞ。そしてラブの気持ちもな。たとえ無傷でラブを救っても、お前が変わってしまえば、無事な再会とは言えないということもな」 せつなの腕から、力が抜ける。ウエスターは優しい手つきで戦闘服を取り上げると、まだ信じられないような顔で後ろに立っていた持ち主に放り投げ、くるりと踵を返した。 「すまん。今度こそ、俺に任せてくれ」 そう言った途端、ウエスターの纏う空気が、ガラリと変わった。 ナケワメーケを取り囲んでいた警官たちが、にわかにざわめき出した。前線から一人の男が進み出て、怪物に向かって悠然と歩き始めたのだ。 「た、隊長、何を……」 「お前たちは下がっていろ」 制止しようとした若者の声が、凄みのある声で遮られる。言われるまでもなく、その背中から発せられる強烈な気に、全員が圧倒されてじりじりと後ずさる。 「ナケっ?」 ナケワメーケが、人影に気付いた。無謀にも、たった一人で近付いて来る男。その小さな姿目がけて、虫けらを踏み潰そうとでもするように、巨大な足を振り上げる。 だがその瞬間、男の姿が消えた。そして次の瞬間。 「どぉりゃぁぁぁぁっ!」 辺りを震わせるような雄叫びが響く。ナケワメーケは軸足を取られ、地響きを上げてその場に転倒した。 すんでのところで離脱した少女が、驚きに目を見開いてから、それを隠すように、ふん、と鼻を鳴らす。 「そこまでだ! これがただのナケワメーケだと思うのか? お前にコイツは倒せない」 「さあ、それはどうかな?」 言うが早いか、ウエスターは空中高く跳び上がった。全身の気を右の拳に集め、まだ起き上がろうともがいているナケワメーケのダイヤ目がけて、渾身の一撃を叩き込む。 その途端、ビリビリと暗紫色の稲妻が走った。ナケワメーケのダイヤから強烈な衝撃波が巻き起こり、空気を不穏に震わせる。 だが、ウエスターは拳を離さない。髪を逆立て、両目をカッと見開いて、裂帛の気合いをさく裂させる。 「ぐおぉぉぉぉぉっっ!!」 ついに、ピシリ、という鋭い音がしたかと思うと、ダイヤは乾いた音を立てて粉々に砕け散り、埃を被って横倒しになった街頭スピーカーが、姿を現した。 スピーカーから飛び降りたウエスターが、今度は少女の方へと歩み寄る。あまりのことに、その場から一歩も動けずにいた少女は、そこでやっと我に返って、戦闘の構えを取った。 が、そこまでだった。放った蹴りを軽々と受け止められ、地面に叩き付けられる。飛び起きようとしたところで鳩尾に一撃を喰らって、意識を失ったまま、肩に担ぎ上げられた。 「さぁ、ラブの居場所に案内してもらおうか」 ウエスターが少女を抱えて、警察部隊と共に車に向かう。 その姿を追う見えない影があったことに、さすがのウエスターも気付いてはいなかった。 ~終~ 第7話:瞳の中の炎へ
https://w.atwiki.jp/lls_ss/pages/231.html
元スレURL ss 金稼ぐずら 概要 衣装代を稼ぐため、花丸主導で金策に奔走する一年組 タグ ^国木田花丸 ^津島善子 ^黒澤ルビィ ^黒澤ダイヤ ^よしまるびぃ ^コメディ ^バトル 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/284.html
ラブの人参嫌いはずっと続く… ラブ「うぇ、やっぱり人参いらない」 せつな「ラブまた人参残してる、家だとちゃんと食べてるのに」 ラブ「不思議なんだよね、せつながお料理した人参は美味しいんだけど」 せつな「ラブ・・・」
https://w.atwiki.jp/dngss0714/pages/16.html
SS このページではダンゲロスSS0714の試合SSを公開します ここは、得票数がもっとも多いSSが勝者となる、誰が一番面白いお話を書けるか競いあうインターネット上のゲームを行なっている会場です。 試合SS 試合SS SSその1 VS SSその2 VS SSその3 このページを訪れた方は、誰でもご自由に試合SSを読んでいってください。 それぞれのSSを読み比べて、より面白いと思ったお話に投票しましょう! 面白いと判断する基準はなんでも構いません。貴方が面白いと思ったお話に投票しましょう。 貴方の投票がゲームの勝者を決める! 投票は終了しました 投票結果 投票結果 キャラクター一覧 キャラクター名 性別 特殊能力名 熱海真夏 女性 『夏への扉(サマータイムアゲイン)』 お誕生日お祝い人間ver0714 男性 『生体内蔵式バイオお誕生日お祝いプラント』 姦崎成 男性 『鎧袖一触の最強舞踏(ノクターン)』
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1132.html
「祈里おねえちゃ~ん!」 小さな影が大きな影を従えて・・・いや、 大きな影と小さな影とが寄り添うように こちらに向かって走ってくる。 弾んだ声と、千切れんばかりに振られるしっぽ。 表現の仕方は違うけど、二人とも喜んでる。 「タケシ君、ラッキー。こんにちは。昨日は大活躍だったわね。」 わたしの言葉に、満面の笑みと、元気な鳴き声が返ってきた。 「うん!おねえちゃんたちのお陰だよ。ありがとう。」 昨日は、ワンちゃんたちの運動会だった。 パッション・キャッチを成功させて、三等賞をもらった張本人が くぅ~ん、と嬉しそうに擦り寄ってくる。 首筋をなでるわたしを見つめる、つぶらな瞳。 この瞳で、かつては彼女を縛っていた闇を見つめ、 今度は彼女の中に芽生えた光を見つけた。 視線を合わせ、その泉のような瞳の奥を、静かに覗き込む。 今は、キルンの助けはいらない。 言葉は無くても、想いは伝わるから。 (ありがとう、ラッキー。せつなさんを受け入れてくれて。 わたしたちの、力になってくれて。) わん、という短い返事は、 強く、やさしく、わたしの心の中に響いた。 四つ葉になるとき ~第1章:届け!愛のメロディ~ Episode3:わたしたちの小さな天使 「ハイ、シフォン。たぁんと召し上がれ。」 ラブちゃんが、膝の上に抱っこしたシフォンちゃんに、キュアビタンを手渡す。キュア~!と嬉しそうな声を上げて、彼女はその丸っこい両手で、哺乳瓶を抱えた。 ピルンが出す料理の種類は、どんどん増えているけれど、やっぱり最後はキュアビタンが飲みたいみたい。そう言えば、美希ちゃんが前に、“シメ”って言ってたっけ。うーん、ちょっと違うような気もするんだけど。 わたしたちは、今日もラブちゃんの家に来ている。いつもはラブちゃんの部屋にお邪魔するけれど、今日集まっているのは、せつなさんの部屋。家具も入り、小物も揃ってバッチリ部屋らしくなったから、一度みんなを招待しようよ!と、ラブちゃんがせつなさんに提案したらしい。 せつなさんが冷たい麦茶とお菓子を持ってきてくれて、みんないつものように、思い思いの場所に座った。その途端に、お腹を空かせたシフォンちゃんが泣き出して、ピルンの出番となったのだった。 「やっぱりせつなの部屋は、赤を基調にしたわけね。なかなかセンス、いいじゃない。」 「・・・ほんと?」 部屋を見回してそう言う美希ちゃんに、せつなさんが少しはにかみながら、嬉しそうに微笑む。 「良かったね、せつな。小物はほとんど、せつなが選んだんだよ。この円形のラグとか、すっごく気に入ってるんだよねっ。」 「もう、ラブ!・・・恥ずかしいわよ。」 本人以上に嬉しそうなラブちゃんの言葉に、せつなさんが顔を赤らめたとき、ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。続いて、新聞の集金でーす、という声。 「はーい。・・・お母さんパートで留守だから、ちょっと行ってくるね。せつな、シフォンをお願い。」 「え?あ・・・。」 ベッドに腰掛けているせつなさんに、シフォンちゃんをぽんと手渡して、急いで部屋を出て行くラブちゃん。何気なくそれを見送ったわたしは、せつなさんがシフォンちゃんを抱っこしたまま、固まってしまっているのに気付いた。 シフォンちゃんを支えている両腕だけでなく、首や肩にまで、凄く力が入っているように見える。もっとも、当のシフォンちゃんはと言えば、そんなせつなさんの様子にはお構いなし。ただ一心に、大好きなキュアビタンを飲んでいるみたいだけど。 その様子を見て、わたしが初めてシフォンちゃんを抱っこしたときのことを思い出した。そう言えばわたしもあのとき、凄く緊張したんだったっけ。支える指がどこまでも埋もれてしまいそうな柔らかさは、どんな動物さんの抱き心地とも、まるで違っていたから。 わたしが座布団から立ち上がると、同じように勉強机の椅子から腰を浮かせていた美希ちゃんが、それを見て、また元通りに座り直した。ここはブッキーに任せた。美希ちゃんの目が、そう言っている。こういうとき、美希ちゃんはホントに、わたしたちのおねえさんだ。 わたしは美希ちゃんに小さく頷いてから、意を決して、せつなさんの隣りに腰を下ろした。 「あのっ、せつなさん。」 自分の声が裏返っているのに気付いて、心臓がドキリと跳ねる。 ダメだ、わたしまで硬くなってどうするの。頭をひとつ振って、大きく深呼吸してから、わたしは思い切って、せつなさんの肩にそっと手を置いた。 「・・・祈里?」 深い赤を帯びた瞳が、驚いたように私を見る。せつなさんの強張っていた肩から、少し力が抜けたみたい。それが掌から伝わって、わたしもようやく落ち着いてきた。 「あのね。そんなに硬くならなくても、大丈夫だよ。もっと力を抜いて、楽に抱っこしてあげて。」 大丈夫、今度は言えた。ホッとして頬が緩んだわたしに、せつなさんもつられたように笑みを浮かべる。 両腕で輪を作って、その中にシフォンちゃんを入れるようにすると良いこと。寝ているときは、頭とお尻を腕で軽く支えてあげれば、それだけで安定すること。わたしのジェスチャーを交えた説明に、せつなさんは素直に頷いて、言われたとおりに体勢を変える。そしてやっと緊張から開放されたのか、ふぅっと大きな息を吐いた。 「ごめんなさ・・・あ、ありがとう。私、シフォンを抱っこするの、初めてで・・・。あんまり軽くて柔らかいから、何だか・・・壊してしまいそうで・・・。」 小さな声で、ポツポツとしゃべる彼女に、わたしは笑顔で頷いてみせる。 「わたしも、最初は恐かったよ。ふわふわしてて、頼りなくて、心配になっちゃうんだよね。」 「大丈夫よ。シフォンはもう大きくなってきたし、そんじょそこらの赤ちゃんとは違うもの。いざとなれば宙にも浮いちゃうんだから、少々落っことしてもへーき。」 美希ちゃんが、ワザと乱暴なことを言って、せつなさんにウインクしてみせる。そんなこと言って、またシフォンちゃんにヘソを曲げられても、知らないんだから。 話しているうちに、シフォンちゃんがキュアビタンを飲み終えたらしい。せつなさんの腕の中で、気持ちよさそうに目を閉じている彼女の額のマークが、ぼうっと淡いピンクに色づいている。お腹がいっぱいで幸せ、というシフォンちゃんのサイン。 せつなさんが、ゆっくりゆっくり、そろーっとベッドに寝かせると、シフォンちゃんは、小さくプリプー・・・と呟いてから、すやすやと寝息を立て始めた。 「・・・寝た?」 美希ちゃんが小声でそう尋ねながら、席を立つ。わたしの隣りにやってきて、一緒に寝ているシフォンちゃんを覗き込んだ。 「ふふっ、かわいい寝顔。」 「ホント、まさに天使ね。」 ささやくわたしと美希ちゃんの隣りで、今まで微動だにしなかった黒髪が、こくんと揺れる。 「本当に、かわいい・・・。」 小さな小さなその声の、あまりにも愛しげな響きに、わたしは思わず、せつなさんの顔に目をやった。 シフォンちゃんを見つめるその瞳は、まるで彼女を包み込むようで・・・。見ているこっちまでやさしい気持ちになれるような、そんな眼差しだった。 かつての彼女の、知的だけれど、まるで表情の無かった暗い瞳を思い出す。あの頃は、占い師さんはやっぱりミステリアスなんだなって、単純に思ってた。 でも今の彼女を見ていると、あの頃の彼女に足りなかったもの・・・ううん、本人は足りないってことさえ知らなかったものが、よくわかるような気がする。 (良かったね、せつなさん。) 心の中で、そうつぶやいたとき。 「ごめ~ん、遅くなっちゃって。小銭入れの中身、玄関でぶちまけちゃってさぁ。新聞屋さんに拾ってもらっちゃった。あはは~。」 バタンというドアの音と一緒に入ってきた、ラブちゃんの明るくて大きな声。 「しぃーっ!」 三人揃って人差し指を口の前に立てて、ラブちゃんを睨む。 「おっ、なんや、あんさんら。息ぴったりやなぁ。」 今まで一人で黙々とおやつのクッキーを食べていたタルトちゃんが、そんなわたしたちを見て、ニッと笑った。 「こうして寝顔を見ている分には、ほんっとにかわいくて、平和なんだけどね~。」 そろりとドアを閉めて、わたしたちと一緒にベッドを覗き込んだラブちゃんの言葉に、せつなさんが首を傾げる。 「どして?起きているときも、シフォンはかわいいわ。それに、平和って・・・。」 「ああ、そりゃあ、かわいいのは間違いないよ。でも、起きてるときは、なかなか泣きやまなかったり、言うこと聞かなかったりするしさあ。」 「でもそれは、わたしたちだって、赤ちゃんの頃はそうだったと思うよ。」 わたしがそう言うと、ナハハ~、といつもの笑い声を上げて、ラブちゃんはさらに続ける。 「それにほら、シフォンのいたずらは、時々手がつけられなくなっちゃうじゃない?」 「でも・・・単なるいたずらでしょう?ドーナツが宙に浮いてるところくらいは、見たことあるけど。」 「そんな甘いもんじゃないって!」 「そーんな甘いもんやないでぇ!」 せつなさんの言葉に、今度は、ラブちゃん、美希ちゃん、そしてタルトちゃんの声が揃った。自分の声の大きさに、慌てて口を押さえているところまで、息ぴったり。 わたしは思わずクスッと笑ってから、こっちに行きましょう、と促して、みんなで窓の近くに場所を移した。 ラブちゃんが、改めてせつなさんに向き直る。 「せつなはまだヒドい目に遭ったことないから、そんなことが言えるんだよぉ。座布団が凄い勢いで飛び回ったり、消しゴムが背中でもぞもぞ動いたり、も~大変なんだから!」 ラブちゃんが言うと、そんな内容でも、何だかシフォンちゃんの自慢話みたいに聞こえるから不思議だ。 「わいなんか、何べんも空中遊泳させられとるで。」 「アタシも、車が宙に浮きかけて驚いたことがあるわ。」 「それだけじゃないよね~、美希たんは。ティッシュでヒゲを・・・」 「ラブ!!」 怖い顔でラブちゃんを止めた美希ちゃんが、コホンと咳払いをして、せつなさんの方を向いた。 「まあ、シフォンに悪気があるわけじゃなくて、遊んでるつもりでいることが多いんだけどね。でもとにかく、超能力が相手だから・・・。」 「ふぅん。」 せつなさんは、真面目な顔で考え込んだ。 「せつな、どうかした?」 ラブちゃんが、少し心配そうに、せつなさんの顔を覗き込む。その声を聞いて、せつなさんはすぐに笑顔になって、かぶりを振った。 「あ、ううん。スイーツ王国のことは知っているけど、そこの妖精がそんな力を使えるなんて、聞いたことなかったから。スイーツ王国では、よくあることなの?」 せつなさんの問いかけに、今度はタルトちゃんが、凄い勢いでかぶりを振る。 「そんなことあらへん!スイーツ王国の中でもそんなことが出来るんは、わいが知る限り、シフォンと長老だけや。」 「へぇ~、そうなんだ。凄いんだね、シフォンは。」 素直に感心するラブちゃんの顔を、微笑みながらちらりと見やって、せつなさんは穏やかな声で言った。 「でも、シフォン自身はきっと、自分の力が超能力だなんて・・・特別な力だなんて、まだ思っていないのよね。」 「あ・・・。」 今度は、ラブちゃんと美希ちゃんとわたしの声が揃う番だった。 シフォンちゃんの超能力を、シフォンちゃん自身がどう感じているか。そんなこと、今まで考えたことなんてなかった。きっとシフォンちゃんにとっては、生まれながらに持っている、当り前の力。キュアビタンを飲んだり、泣いたり、おしゃべりしたりするのと、同じことなんだろう。 でも、それが超能力だと知ったら・・・周りの誰も持っていない、自分だけの特別な力だと知ったら、そのとき、シフォンちゃんはどう思うんだろう。 「大丈夫だよ!」 急に静かになった部屋に、ふいに力強い声が聞こえて、わたしたちは揃って顔を上げた。 やっぱりこういうときに口火を切るのは、ラブちゃんだった。目をキラキラさせながら、その強い眼差しで、わたしたちを見つめる。 「シフォンには、あたしたちがついてるもの。シフォンが、みんなの笑顔が大好きで、かわいくて、とーってもやさしい子だってこと、あたしたちはよく知ってる。 だから、いつかもしも、シフォンが自分の力のことで、悩んだり落ち込んだりすることがあったら、あたしたちみんなで、それを伝えてあげようよ。」 「あらぁ?誰かさんはさっき、起きてるときは大変だ、なぁんて言ってた気がするけど?」 からかうような口調でそう言ってから、美希ちゃんがやさしい光を宿した目で、ラブちゃんを見る。 「でも、ラブの言うとおりね。そのときは、アタシたちがシフォンを励ましてあげよう、完璧に。」 むくれかけていたラブちゃんが、その言葉を聞いて、再び笑顔になる。 ――人間と動物とでは、感じ方が違うんだ。だから理解し合うためには、お互いに一歩ずつ、近付かなくちゃいかん。 ふいに、以前わたしがタルトちゃんと入れ替わってしまったときに、お父さんに言われた言葉を思い出した。 シフォンちゃんは動物さんじゃないけど、人間と妖精さんだって、それはきっと同じのはず。だからわたしも、三人の顔を見ながら、笑顔で美希ちゃんに続いた。 「うん。わたしたちなら、少しでもシフォンちゃんの気持ちに寄り添ってあげられるって、わたし、信じてる。」 「ううっ、あんさんら、ホンマに、ホンマに、ええ子やなぁ。」 涙もろいタルトちゃんが、そう言ってズズッと洟をすする。 せつなさんは、何も言わなかった。でも、わたしたち三人を交互に見つめるその表情は、何だかとても穏やかで、そしてとても嬉しそうに、わたしには見えた。 「そう言えば。」 やっと落ち着いて麦茶を飲み、お菓子を食べ始めたところで、わたしは部屋に入ってから気になっていたことを、せつなさんに訊いてみた。 「せつなさん、本を読むのが好きなのね。図書館でも会ったことあるし。」 間取りも家具もほぼ同じのラブちゃんの部屋との、大きな違い。それは、勉強机の隣りに置かれた本棚だった。既に十冊以上の本が、その中に納まっている。せつなさんがこの家に来てから買ったものだろうから、そう考えるとかなりのペースだ。さらに机の上には、図書館で借りてきたものらしい本も、五、六冊積み上がっていた。 「ええ。この世界のこと、色々と勉強中だから。でも、本の知識だけじゃわからないことだらけなんだって、最近気付いたわ。」 「そうよね。」 まっすぐにこちらを見て話すせつなさんの目を、今度はわたしも、まっすぐに見つめて頷く。そのことは、わたしも時々感じていることだったから。 「祈里も、本が好きなのね?」 せつなさんが小首を傾げるようにして、わたしに問いかける。 「うん。動物さんの本も好きだし、それ以外の本も、割と読む方かな。」 「割と、どころじゃないよぉ。せつな、ブッキーの部屋の本棚って、凄いんだよ。動物の本だけじゃなくて、いろんな本が、すっごくたくさんあるの!美希たんやあたしの部屋とは、大違いなんだから。」 ラブちゃんが両手を広げて、大袈裟にそんなことを言う。 「ちょっと、ラブ!どうしてアタシの部屋まで引き合いに出すのよっ!」 また小競り合いを始めた二人にちょっと微笑んでから、せつなさんは話を元に戻した。 「本の知識って、どのくらい役に立つものなのかしら。本物とは違っていることや、本物を見ないとわからないことも多いわよね。」 「そうね。本に書いてあることが実物そのものかって言われたら、そうじゃないよね。専門書なんて、プロの人にしかわからないような、難しいことが書いてあるんだろうけど、紙の上に全ては表せないし。」 辞書も図鑑も実用書も、知識を得るという点では、きっと同じ。本だけじゃない、インターネットだって、誰かの話を聞くのだって、同じことだ。 「でもね。何かを知りたいと思ったとき、本ってその世界の入り口になってくれるような気がするの。 もちろん、本の知識だけじゃ、実感できないことも多いんだけど、本物に出会ったときに、本で読んでいたことが、それに近付く手がかりになってくれる気がして。」 「世界の、入り口・・・。」 せつなさんが、少し視線を落して、噛みしめるようにつぶやく。 ふいにまた、あのときのお父さんの言葉を思い出した。 入り口から、一歩一歩世界を歩いていくためには、必要なのは知識だけじゃないはずだ。でも、せつなさんならきっと大丈夫。 わたしたちが考えもしなかったシフォンちゃんの気持ちを、あの包み込むような瞳で見つめていた。小さな彼女の未来に、静かに思いを馳せていた。そんなせつなさんなら、この世界の、たくさんの本物の人々と、本物の想いと、少しずつでも、きっとわかり合っていける。 (わたし、信じてる。) 心の中でそうつぶやいたとき、せつなさんがわたしの顔を見て、少しはにかんだように笑った。 「ありがとう。少し、わかったような気がするわ。」 「ねぇ、ブッキー。今度はみんなで、ブッキーの家にお邪魔させてよ。せつなにブッキーの蔵書、見せてあげたら?」 「蔵書だなんて。大袈裟よ、美希ちゃん。」 思わず赤くなったわたしの顔を覗き込んで、ラブちゃんと美希ちゃんが、何だか嬉しそうに、声を揃えて笑った。 ☆ 次の日は、午後から四人で、四つ葉町公園へ出かけた。ミユキさんから久しぶりに、会いたいと連絡があったのだ。きっとダンスレッスンを再開してくれるんだよ!というラブちゃんの言葉に期待を込めて、わたしとラブちゃんと美希ちゃんは、これまた久しぶりに、ダンスの練習着姿だ。 今日は、せつなさんがシフォンちゃんを抱いている。たった一日で、もうすっかり力の抜けた、安定した抱き方になっているんだから、凄いと思う。 暑さのせいか、人通りのほとんどない商店街を進んで、あと少しで公園の入り口というところで、一番後ろを歩いていたせつなさんが、足を止めた。 「せつなー、どうしたの?」 ラブちゃんがすぐに気付いて、声をかける。 「あ、ううん。ごめんなさい。」 せつなさんがそう言って、こちらに駆け寄ろうとした、そのとき。せつなさんの体が、ふわりと宙に浮いた。 「えっ!?な、なに!?」 さすがのせつなさんも、大慌てで目を白黒させてる。その腕の中で、シフォンちゃんが嬉しそうに、キュア~!と叫んだ。 「あ、こら、シフォン!」 「ダメよ、シフォンちゃん。早く下ろしてあげて。」 ラブちゃんとわたしの声には耳も貸さず、シフォンちゃんが両方の耳を上に伸ばして、パフン、パフン、と打ち付ける。その途端、せつなさんが宙をすーっと滑るように動いて、少し後ろにあった店の前で、ストンと地面に足をついた。 さっと自動ドアが開く。そこは、四つ葉町で一番大きな本屋さんだった。 「え?シフォン、ここって・・・。」 あっけにとられるせつなさんの顔を見上げながら、シフォンちゃんは首を傾げて、あどけない声で言った。 「せつな~、ここ、いきたい?」 「シフォン・・・。」 おそらく、せつなさんがチラチラと本屋さんを横目で見ているのに、シフォンちゃんが気付いたのだろう。そして足が止まったのを見て、せつなさんが行きたいところを、確信したのに違いない。 せつなさんの顔が、みるみるうちに真っ赤になる。そして、彼女はまたあの愛しげな眼差しでシフォンちゃんを見つめてから、ギュッとその柔らかな体を抱きしめた。 やがて顔を上げたせつなさんは、わたしたちを見て、少し照れたような表情を見せた。 「ごめんなさい。みんな、先に行ってて。私、ちょっと気になる本があるから、買ったらすぐに追いかけるわ。」 「わかった。ミユキさんとの待ち合わせにはまだ時間があるから、ゆっくりでいいよ。」 ラブちゃんが満面の笑みでそう言うと、再び公園に足を向ける。本屋さんの中に消えていくせつなさんの後ろ姿を見ながら、わたしも急いでその後を追った。 (もしも・・・。) もしも、ミユキさんにダンスレッスンを再開してもらえることになったら、今度はせつなさんも誘ってみよう。そのときは、わたしたちとお揃いの赤いダンス服も、ちゃんと準備しておかなくちゃ。だってあのダンス服は、わたしにとっての、ダンスへの入り口だったんだから。 午後の日射しが照りつける四つ葉町公園の、奥にある石造りのステージ。その久しぶりの場所へ向かうわたしの心は、何だかとても弾んでいた。 ~終~ 新2-012へ
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/389.html
その日の夜。 あれから、家に戻ったラブは、せつなの部屋を訪れて さっきのことを謝ろうと思ったが、どうしてもドアを叩くことが出来なかった。 夕食の時は流石に家族4人で一緒だったが、いざ二人の間で会話をしようとすると どうしてもぎこちなくなってしまう。 何かあったことを察したあゆみが上手くフォローしてくれたので、 気まずい空気になることは無かったものの、 すぐ隣に居るはずのせつなとの間に 見えない壁があるような違和感は終始拭う事が出来なかった。 その後は、せつなはすぐ自分の部屋に篭ってしまったので、それからは口を聞いていない。 居間でTVを見ながら時間を潰していたラブも、 観ている内容が全く頭に入ってこないので自分の部屋に戻ることにした。 部屋に入ると灯りもつけず、投げ出すようにベッドに身を横たえる。 「ハァ……」 口から出るのは、溜息一つ。 そしてそのまま、何をするでもなく、ただぼっーっと天井を見ているだけ。 「ピーチはん」 「ラーブー?」 そんな彼女に声を掛けたのは部屋にいたタルトとシフォン。 二つの影は、心配そうにラブの顔を覗き込んでいる。 「あ、タルト、シフォン、どうしたの?」 「どうしたもこうしたもあらへん、どないしたんや? なんや今日はピーチはん、様子がヘンやで」 「……んー、そんなことないよ、なんでもなーい」 「何でも無いって事はないやろ、ワイの目は節穴じゃおまへんで? ……パッションはんのことやろ?」 「えっ!いやいやそんなことはないって!せつなは関係ないってば!」 タルトの指摘を大慌てで否定するラブ。 「……ホンマにわかりやすいな、あんさんは」 「……うう~」 「そういえば今日はパッションはん、こっちにまだ来てへんな」 いつもならこの時間は、せつながラブの部屋に来ている筈である。 今日あったこと、明日の予定、学校での事、ダンスの事、そんな他愛も無い話をしたり、 時にはお互いの不安や寂しさを打ち消す為に、一緒にラブのベッドで寝たりする時間。 この時間にはタルトは二人に気を遣って、 シフォンを連れて隣のせつなの部屋に移動するのだが、そのせつなが来てないとなると。 「もしかしてピーチはん、パッションはんとケンカでもしたんか?」 「……っ!!」 核心を突いたタルトの言葉に、ラブの体が一瞬ピクリと震える。 「……」 「ピーチはん?」 「…………」 「どないしました、ピーチはん?」 「……タルトぉ」 身を起こして、タルトの方に振り向くラブ。 その瞳は潤み、溜め込まれた涙が今にも零れ落ちそうになっている。 「ホ、ホンマにどないしたんや、ピーチはん?!」 動揺したタルトの問いかけに、ラブは潤んだ瞳に更に涙を滲ませる。 「あたし……あたし…………多分、せつなに嫌われちゃった……」 ガバッとタルトに抱きつくと、 堰を切ったように目から涙を溢れさせて泣きじゃくるのだった。 「ピーチはん、落ち着きましたかいな?」 「……うん、ありがとタルト」 しばらくして、ようやく落ち着いたラブから離れると、 タルトはティッシュを数枚取ってラブに手渡す。 「ほれ、これでまずは涙をふきなはれ……ってそっちはワイの尻尾や! しかも何で鼻をかもうとしてはるんや!」 「……アハハ、ごめんごめん」 「ちっとは元気出たようやな」 「うん……本当にありがと」 笑ってみせるラブの様子を見て、 これなら大丈夫そうやな、と判断したタルトは、さっきの話の続きを促す事にする。 「それで、パッションはんと一体何があったんや、ワイに話してみい。 力になれるかもしれまへんで」 「ええーっ?タルトが?」 「言うてくれるな~こう見えてもワイはな、紆余曲折の末にアズキーナはんという 立派な婚約者をゲットしてるんやで。色恋沙汰の事ならピーチはんよりも よっぽど先輩や。 ま、そんなワケで泥舟に乗った気でここは一発どーんと相談してみなはれ!」 「……泥舟?」 「ああっ!……こ、これは重ーい話題の中にもささやかなボケを挟み込むという ワイ独特の話術の一つやから……コホン、まあそんなことはええから話してみ」 「……うん」 言ってる事には半信半疑だったが、ラブは頷く。 自分で抱えているより、誰かに聞いてもらった方が気持ちが軽くなるかもしれない。 それに、タルトなりに心配してくれているのは確かなのだ。 その気持ちには応えるべきだと思ったから。 「……なるほどなあ、キスして貰えんかったからパッションはんが拗ねてもうたと」 「うん……多分」 「じゃあ簡単やないか、ピーチはんがキスしてあげたらええんや」 「うっ……それは」 「出来へんのか?」 「……うん」 「何でや?ピーチはん、パッションはんのことを好きなんやろ?」 「それは勿論!あたしはせつなのこと、大好きだよ!」 「だったらなんでや?好きだったら、キスの一つや二つ、簡単やろ」 タルトの問いかけに、ラブは目を閉じて首を振る。 「違うよ、タルト」 「違うって、何がや?」 「……好きだからこそ、ダメなんだ」 「わからんな~どういうことや?」 「……それ、せつなにも言われたよ。 そりゃーわからないよね……ねえタルト、タルトがアズキーナと知り合ったのは何時?」 「何や急に……ワイとアズキーナはんか? そりゃーもう、ワイら二人はまだこーんな子供のころから将来を誓い合って、 それから幾千万の困難を手を取り合って乗り越えて……」 「やっぱりそうだよね」 「……って、まだ話の途中やがな」 「美希タンとブッキーもそう、幼馴染だから、お互いのことを良く知ってるから」 二人が幼馴染としての付き合いを続けていく中で、 お互いに対する想いを深めていったこと、 やがて想いが通じ合い、結ばれたこと。 それは近くで見ていたラブが一番良く知っている。 そして、結ばれた二人を祝福しつつも、ずっと一緒だと思っていた幼馴染の三人が 今までと違う関係になってしまったこと、そしてその中に自分が含まれて居ない事に 一抹の寂しさを感じたこともよく覚えている。 「そんな時だったよ、せつなが現れたのは」 一人取り残されたような気持ちになったラブの前に現れたのは、 町外れの占い館に住む、不思議な雰囲気を持った少女。 「初めて会ったときから、なんか気になってたんだ。 ……で、次に街の中でせつなと再会した時に、とっさに確信したんだ。 ああ、あたしにも運命の人が現れたんだって」 そう確信したから、せつなと会える時間を大切にした。 ドーナツの美味しさを教えてあげたし、自分の幸せを考えた事も無いという彼女の為に 幸せの素と言う名のペンダントをプレゼントした。 せつなが寂しそうにしている時は心配したし、 コンサート会場で倒れた時には、大切に想っているという自分の気持ちを伝えようとした。 「……それで、とっても辛い思いをしたこともあったよ」 せつながラビリンスのイースだと知った時、 折角掴んだものが手の中から逃げていってしまったと思って、一度は絶望した。 これが運命なら、なんて酷いんだろうとすら思った。 でも、美希に背中を押されて、カオルちゃんにヒントを貰って、そして決めた。 「あたしは、あたしの運命の人を絶対に諦めない。 ……絶対に、取り戻してみせるって」 その想いは身を結び、死という二度目の絶望も、アカルンの奇跡の力で乗り越えて、 そしてせつなは、ラブの元にようやくやって来た。 「そうまでしてせつなを取り戻したというのに、 その途端にあたし、不安で仕方なくなっちゃったんだ。 あたしはせつなが好き。だけどせつなは……どうなんだろうって。 今までずっと、あたしだけが一方的に、 せつなのことを想ってただけなんじゃないかって」 「それは違うと思うで。ワイが見る限り、 パッションはんはピーチはんのこと、好きな筈やで」 ラブの弱気な言葉。それを否定するタルト。 「……でなきゃ、ワイとシフォンは毎日わざわざ隣の部屋に移動することはあらへんやろ。 あんさんらどんだけイチャついてんねん、正直目の毒やで、と思ってるくらいや」 「アハハ……いつもごめんね~」 「だから弱気になることはおまへん、 あんさんらの仲の良さはワイがちゃーんと保証したる!」 張った胸をドーンと一回、力強く叩いてみせる。 「うっ!ちょっと強く叩き過ぎたわ。ゲホッ、ゲホッ」 格好付けたつもりが思わず咳き込んでしまうタルトの姿に ラブはクスッと笑って見せるが、すぐに眉尻を下げた顔に戻ってしまう。 「でも……せつなは、まだこの世界をよく知らないんだよ。 知らないから、毎日新しいことを知って、新しい人と出合って、どんどん変わっていく。 あたしは、その事はすごく嬉しいことだと思ってる」 ラブの家に来たばかりの時は、家の中とラブ、美希、祈里と圭太郎とあゆみの5人。 これがせつなの世界の全てだった。 でも今は、街の人々と知り合い、学校で友達も出来た。 ラブと一緒でなくても、一人で出かけるようにもなった。 少しずつ、確実に、せつなの世界は広がっている。 「でも、だとしたら、せつなが変わっていく中で、 あたしのことも好きじゃなくなっちゃうんじゃないかな? 最初に出会って、一番一緒にいる時間が長いのがたまたなあたしってだけで、 せつなは、本当に大切な人にまだ出会ってないんじゃないかなって、 そう考えた時に、あたし、せつなにキスしてあげることが出来なくなっちゃった。 ……せつなの大切なものを、あたしが奪っちゃっていいのかどうか、 わかんなくなっちゃったから」 ようやく辿り着いた、ラブの本心。 せつなの変化を誰よりも喜んでいるのに、 それがせつなの気持ちを変えてしまうのでは無いか、 その時に、せつなの隣に立っている人間が、自分じゃない他の誰かなのではないか。 その恐れが、ラブに二人の仲を一歩進めることを拒ませている。 6-398へ
https://w.atwiki.jp/apgirlsss/pages/266.html
第9話『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。父の日のプレゼント――』 夕食後の一時。 家族四人が揃う団欒の時間。 今夜は圭太郎が早く帰ってきた。最近は遅いことが多かった。 そして、なぜかずっとそわそわしてる様子に見えた。 やがて思いたったように部屋に戻り、なにやらたくさんの荷物を抱えて戻ってきた。 ラブがせつなの手をつかんで逃げ出すように二階に上がろうとして――呼び止められた。 「お~い、ラブ。ちょっと頼みがあるんだが」 「えぇ~やだよ、おとうさん。どうせまたカツラの実験台なんでしょ」 「実験台は酷いな。モデルと言ってくれないか」 「やっぱりそうじゃない。もう髪も洗っちゃったのに」 「おとうさん、私でよかったら……」 『帰ってきたせっちゃん――父の日のプレゼント――』 結局、ラブとせつなの二人でモデルを務めることになった。 圭太郎はカツラメーカーに勤めている。本来の業務は販促活動だが、自らも積極的に開発に携わることも多い。 また開発から上がってきた製品も、実際に色々試して、自作と同じくらいにまで知り尽くしてからでなければ販売しようとしなかった。 効率よりも真心を優先させる。血のつながりは無くても、職人の鑑と言われた源じいさんの認めた婿である所以だ。 「だからってあたしたちで試さなくても……。会社にも専属のモデルさんとか居るんじゃ」 「まあそうなんだが。じっくり試したいし、忌憚のない意見を聞けるのも家族だからこそだ」 もっとも一人娘に生まれたラブにはいい迷惑だった。ラブも女の子、必要以上に髪の毛をいじられるのは嫌う。 繰り返し試着させられていくうちに、すっかりカツラが嫌いになっていた。 「こんなに長いのを着けるのね。私の髪が邪魔にならないかしら」 「これはオールウィッグというファッション用のカツラなんだ。このくらいの長さなら大丈夫だ」 圭太郎は手際よくせつなの前髪をまとめてピンでとめる。ネットと呼ばれるゴム網の中に、髪の毛を綺麗に収めていく。前髪の付け根にウィッグの中心を持ってきて位置を整えて完成だ。 ラブの髪は少し長いので、軽く束ねてから巻くようにしてネットの中に収めた。 「凄い――これが私なんて信じられない。まるで変身ね」 「せつな、すっごく綺麗だよ。あたしもこんなのなら嫌いじゃないかも」 今回は若い女性を対象にしたファッションウィッグということもあり、また、せつなと一緒ということもあって、すっかりラブも上機嫌になっていた。 ラブは黒髪のストレートのロング。せつなはプリンセスと名付けられた豪華なブロンドのカールだ。 ラブには落ち着いた雰囲気が備わり、せつなは明るく煌びやかな印象に変わる。 セット開始からわずかに数分。一瞬で別人に変わる様子はまるで魔法のようであり、変身と呼ぶにふさわしかった。 「そうだ。普通おしゃれと言えばメイクとファッションを思い浮かべるだろうが、一番変わるのは髪形なんだ」 二人の娘の好反応に気を良くした圭太郎が自慢げに語る。 その後もいくつものウィッグを次々に付け替えていく。それぞれに、つけ心地・軽さ・通気性・安定感などの装着感をまとめていった。 そして、これが最後と言って取り出した二つのウィッグ。それぞれラブとせつなに付けていく。 お仕事ではなく、圭太郎が個人的趣味で作り上げたものだ。もちろん販売も視野に入れてはいるけれど。 「これは――ラブ?」 「うわぁ、せつなだ!」 せつなが付けたのは、オーカーのセミロング。つまり髪を下ろしたラブの髪型と色だ。 ラブが付けたのは、黒髪のミディアムレイヤー。同じくせつなの髪だった。 もともと背格好の似ている二人のこと。本当に入れ替わったみたいに見える。変わったのは髪の毛だけなのに……。 改めてカツラの凄さを思い知った。 全ての試着が終わり、二人の髪を解いて戻す圭太郎。そして、カツラへの想いを熱く語る。 髪は年齢性別を問わず、おしゃれの最重要ポイントであること。 人は誰にでも変身願望があり、それを満たしてくれるものであること。 容姿は心の持ち方に大きな影響を与えるってこと。だから、髪を豊かにすることは、心を豊かにするんだってこと。 せつなは感心した顔で、ラブは穏やかな表情で圭太郎の話を聞いた。 ラブも恥ずかしいから嫌がっているだけで、本心ではとっくに圭太郎の仕事と情熱を見直していた。 「お疲れ様、せつな。疲れなかった?」 「平気よ。なんだか楽しかったわ」 「ならいいけど。おとうさんてばせつなも一緒だったからか、凄い張り切ってたし」 「ふふ、他人のために熱くなったり夢を語ったり、ラブの性格はおとうさん譲りなのね」 「え~~あたしはおかあさん似だよ」 「容姿はそうね。でも、おかあさんは静かな人よ」 「それって、あたしがうるさいみたいじゃ……」 今夜は遅くなったのでと、宿題だけすませてそれぞれの部屋に戻った。 せつなは手にしたものを指で梳いた。とても軽くて、すべすべしてて、触るだけで気持ちいい。 カツラのことをもっとよく知って欲しい。そう言って貸してくれたラブの髪形のウィッグだった。 そっと頭に乗せてみる。おかあさんとラブと同じ色の髪。遺伝と呼ばれる親子の絆。繋がれていく命の証。 一瞬浮かんだ、うらやましいって気持ちを慌てて掻き消した。 今、こうして家族に迎えてもらってる。愛してもらえてる。これ以上、何を望むというのだろう。 気持ちを切り替えて机に向かう。 今夜はたくさんおとうさんと一緒に居られた。色んな表情に出会えた。それをスケッチブックに描いていく。 父の日が近い。そのプレゼントに似顔絵を送るつもりだった。 “おとうさん” 行き場のなかった私を――素性の知れない私を――おかあさんと一緒に優しく迎えてくれた人。 今座ってる椅子だって、使ってる机だって、おとうさんが作ってくれたものだ。 着ているパジャマも履いてるスリッパも、このノートだって……。おとうさんが働いて、買ってくれたものだ。 計り知れない恩があるのに、何度お礼を言えたのだろう。何をしてあげられたのだろう。 向かい合って話した時間の、どれだけ少ないことだろう。 似顔絵を描こうと思って、ショックを受けた。 おかあさんの顔なら、一瞬で細かいところまで全て思い浮かべられる。すらすらと描けた。 でも、おとうさんの顔を描こうとして――想像してみて―― 自分が――情けなくなった。許せないとすら思った。 今夜のデッサンは三枚。一枚にかかる時間がずいぶん短くなってきた。様になってきたように思う。 厚くなってきた似顔絵のデッサン。一枚目から比べると大きな進歩が見て取れる。でも――まだだ。 今夜、垣間見たもの。穏やかな中に秘められた情熱。優しさの中に秘められた強い意志。 それを絵の中に込めたかった。 「おはよう、せつな。今日は父の日だね」 「ええ、プレゼントを買いに行くのよね」 今月は無駄使いをしなかった。コツコツとお駄賃も貯めた。 一緒に相談して決めた。毎日使ってもらえるものがいいって。 ブランドっていうらしい。少し高めの赤いネクタイで、ラブと二人で一本だけ買えた。 (子の愛)の花言葉を持つ百合の花を一緒に添えることにした。 「せつなはおとうさんの似顔絵も描いてるんだよね。完成した?」 「もう少しってところよ。ラブも描いたら良かったのに」 「う~ん――あたしは絵は苦手だし、なんかおとうさんに渡すのは恥ずかしいから」 「私も恥ずかしいわ。でも、今日伝えられなかったら、ずっとそのままだと思うから」 日ごろの感謝の気持ち。ありがとうって気持ち。そして――大好きだって気持ち。 おかあさんに伝える機会ならいくらでもある。 一緒にお買い物をしたり、お料理を作ったり。相談することも多いし、されることも。 二人っきりの時間も取れるし、抱きしめられたことも一度や二度じゃない。 おとうさんには――その機会がない。 異性だから? 仕事で毎日遅いから? お互いに恥ずかしがり屋だから? いくつかの言い訳が思い浮かぶ。だけど、それを理由にただ一方的に甘えているだけでいいとも思えなかった。 愛情は――変わらない。 ラブと私の、おとうさんに対する想いも。 おとうさんの、ラブと私に対する想いも。 おかあさんに対するものと、何も変わりはしないってこと。 「ねえ、ラブ。本当にこれでいいのかしら?」 「これでって?」 「ネクタイと百合の花。そして似顔絵。これでちゃんと大切なことを伝えられるのかって」 ラブは大丈夫だよって、笑ってた。絶対的な信頼。日頃ベタベタはしていなくても、心の底ではしっかりと繋がっている絆。 でも、自分にそんなものがあるのかはわからなかったし、それに甘える気にもならなかった。 おかあさんに相談することにした。 「そうね。本当に伝えたい気持ちがあるのなら、やっぱり言葉にするのが一番じゃないかしら」 日ごろの感謝の気持ち。ありがとうって気持ち。そして――大好きだって気持ち。 これを――言葉にする? 口に出して伝える? 想像しただけで顔が真っ赤になる。できるとも思えなかった。でも―― 言葉にしなければ伝わらない想いがある。それは……ずっと絵を描いてきた今のせつなには痛いほどよくわかった。 もうじき、おとうさんの帰る時間だ。「忙しいって言っても、今日くらい休めばいいのに」と、ラブが口をとがらせる。せっかくの日曜日で、しかも祝日なのにって。やるべきことがあるのに休みを優先させるって考えは、私はまだ持つことができない。でも、大切な人に休んでほしいって気持ちは、よくわかるようになっていた。 せめてもと、今夜はおとうさんの好物でフルコースのご馳走を作ることになった。おかあさんが中心になって調理に取りかかる。ラブと私もお手伝いをした。 こんな時、娘がいてよかったと思うわ。とおかあさんも上機嫌だ。 そんな中、急に雨が降り始めた。六月ももう下旬。梅雨の真っ只中であり、珍しいことではないのだけど。 「大変。今日は降らないって言ってたのに。お父さん、今日に限って傘忘れちゃってるのよ。ラブ、せっちゃん。ここはもういいからお願いできないかしら」 「ごめん。あたし、ハンバーグだけは自分で焼いちゃいたいの。せつな一人にお願いしちゃっていいかな?」 「わかったわ。行ってくる」 ハンバーグなんて帰ってきてから焼いても十分間に合うのに。疑問に思ったが気にしないことにした。 まだ少し時間がある。部屋に戻って身支度を整えているうちに、この間のウィッグが目に入った。 ちょっとだけ、いたずら心が芽生える。 おとうさんとしばらく二人きり。きっと弾まない会話。多分気まずい時間。それを埋める助けになるかもしれない。 歩き慣れた商店街の大通り、ちょっとクセのある黄土色の髪を揺らしながら歩く。 おそば屋さんにパン屋さん。見知った人が気付かず通り過ぎるのが面白かった。 駅に着いた頃には、すっかり雨は止んでいた。また降るかもしれない。かまわず待つことにした。 「おかえりなさい。おとうさん」 「えっ? せっちゃんか」 「ええ、一瞬ラブに見えたでしょ。がっかりした?」 「何を言うんだ。驚いたけど、凄く嬉しいよ」 顔を見た瞬間に駆け寄ってしまった。ウィッグで変装していることを忘れていた。ちょっと惜しかったと思う。 それでも十分、おとうさんの反応は面白くて話も弾んだ。 歩きながら話す。びっくりさせようと思ったこと。そして――髪の色だけでも血の繋がりが持てたみたいで嬉しかったこと。 家族が似ていること。きっと当たり前なこと。それは素晴らしいことに思えた。 「カツラは素晴らしいものだ――が、今夜はいらないな」 「きゃっ!」 おとうさんがウィッグとネットを一瞬で外した。もちろん簡単に出来ることじゃない。 「ラブは性格は僕。容姿はお母さん似だな。せっちゃんはその反対だ。黒髪も僕譲りだ」 「えっ? 私は……違うわ。誰にも似てないし、似るはずもないわ」 「似るんだ。家族は似ていくんだ。僕もおとうさんに似ていると言われたよ」 (おめえとは血のつながりはねえが、おめえは俺によく似ている) 源じいさんが圭太郎に語った言葉。ずっと忘れられない、最高の誉め言葉。 その想いを聞いて胸がつまる。 家族に迎えられたことで、一緒に暮らすことで、私もこの家の温かさや優しさを受け継げるのかもしれない。 もう家のすぐ前まで来ていた。二人きりで居られる時間が終わる。みんなの前では恥ずかしい、だから――今しかない! 一歩先に進んだおとうさんの手をつかんで引き止めた。 ゴツゴツした手。厳しい仕事を続けてきた手。家族みんなを守ってきた手。 両手で包んで言葉を紡ごうとした。 いつもありがとう、おとうさん。大好きって。 「どうしたんだい? せっちゃん」 「ううん――なんでもない。今日は父の日よ。おとうさん、いつもありがとう」 なんとかそれだけ言えた。最後の一言は伝えられなかった。 きっと――ラブが作ってくれたチャンスだったのに。 玄関に入るとおかあさんとラブが迎えてくれた。 それから。 みんなでご馳走を食べて。ラブと私で選んだネクタイと百合の花をプレゼントした。 いつも通りの明るい家庭。楽しそうなみんなの表情。つられて弾む私の心。 そして、いつも以上に嬉しそうなおとうさんの笑顔。 まだ渡せていない、最後のプレゼント。私にできる精一杯の気持ち。 部屋に戻って、似顔絵を手に取る。ずいぶん迷った二枚の絵。 楽しそうな笑顔と、仕事をしている凛々しい表情。 私は二枚目の絵を手に取った。 きっと、これがおとうさんの本当の顔。家族を守り、他人を思いやり、夢を追い求める男の顔。 表に大きくメッセージを書き込んだ。「おとうさん、いつもありがとう」って。 そして、裏に小さな小さな字で書き込んだ。気が付いてもらえないかもしれないけれど。 “おとうさん大好き”
https://w.atwiki.jp/fleshyuri/pages/1003.html
【6月1日】 『知らないお兄さん二人が遊びにきました……』 ウエスター「フハハッ~! 6月も元気いっぱいに行くぞ~!!」 サウラー 「6月と言えば入梅だね。梅雨のシーズンだ。わずらわしいから本でも読んで過ごそう」 ウエスター「何を言う! いよいよ夏、衣替えの季節じゃないか。身体を動かそうとは思わんのか」 タルト 「父の日ちゅうのもあるらしいで。ピーチはんとパッションはんは張り切っとったわ」 サウラー 「さすがに、それは僕らには関係ないね」 ウエスター「そうでもないぞ、この街には孤児院があるらしい。俺たちが父親になってやろう」 サウラー 「たちって何だ! 僕を巻き込むな。それに父の日はまだ先だろう」 ウエスター「祝ってもらう日だけ行ってどうする。善は急げだ、さあ行くぞ!」 【6月2日】 『小さな獣医さん』 祈里 「今日は動物病院のお手伝いなの! みんなに早く良くなってほしいなぁ……」 せつな「そっか、病気の子と向き合うお仕事なのよね。楽しいってわけにもいかないわね」 祈里 「心配の方が多いけど、その分、元気になったら嬉しいのよ」 せつな「私にも、何か手伝えることないかしら?」 祈里 「この子は骨折のリハビリなの。お散歩に付き合ってくれると嬉しいな」 せつな「わかった、精一杯がんばるわ!」 祈里 「病み上がりだから、ほどほどにね……」 【6月3日】 『愛の大きさなら世界一です』 せつな「今日は、ラブと一緒におかあさんにケーキ作りを教えてもらうの!」 あゆみ「そうそう、メレンゲのだまを切るように混ぜるのがコツよ」 せつな「さすがはラブ、飲み込みの早さも手際も鮮やかなものね」 ラブ 「せつなだって凄いじゃん! あたしも負けてられないよ」 あゆみ「そうよね、料理で負けたらラブはせっちゃんに敵うものなくなるものね」 ラブ 「おかあさんひどい! 身長だって負けてないよ」 圭太郎「ほんとうに勝てるものないんだな、ラブは……」 【6月4日】 『そもそもタルトっていくつなのかしら?』 タルト 「シフォンが寝てる間にドーナツ食べたろ」 シフォン「キュア~! タルト、ずるい~!」 祈里 「シフォンちゃん、まだまだあるから超能力はナシね」 ラブ 「もうっ、タルトったらイジワルしないの!」 カオルちゃん「いいのいいの。おやつ取り合うのも子供の醍醐味だよん」 美希 「たしかに、二人とも楽しそうだけど……」 せつな 「これが一国の王子かと思うと、複雑なものがあるわね……」 【6月5日】 『母娘ですから』 美希 「今日はママと一緒にショッピングに行くの」 レミ 「あ~ん、美希ちゃん、置いていかないで」 美希 「は~……。さっきからずっと同じ売り場」 レミ 「あ~ん、美希ちゃん、何にしようか迷っちゃう」 美希 「喫茶店の食事のメニューくらいで悩まないでよ」 レミ 「これもいいわね。あれもいいわね。――ガチャン!」 美希 「普段、お仕事のママは颯爽としてカッコいいのに……」 せつな「なるほど、美希がしっかりした理由と、たまにドジな理由がわかったわ」 美希 「後ろの方は余計よ……」 【6月6日】 『一番人気?』 キュアベリー「ブルーのハートは希望の印! 摘みたて・フレッシュ・キュアベリー!!」 子供達「あはは、ベリーだ! ベリーだ! あはは」 美希 「ちょっと! なんでそこで笑うのよ!」 ラブ 「まあまあ、美希たん落ち着いて」 せつな「プリキュアショーにムキにならないの。ベリーも本物じゃないでしょ」 子供達「ピーチカッコイイ! パッションキレイ! パイン可愛い! ベリーあはは」 せつな「お笑いキャラとして定着しちゃったのね」 美希 「羽が……羽がいけないのよ……」 祈里 「もっと前からだと思う……」 【6月7日】 『いいこと』 タルト「今日は何かええことありそうな気がするで~」 ラブ 「それで、何かいいことあったの?」 タルト「せやな、迷子の子にドーナツおごって、家まで送ってあげたんや」 ラブ 「タルト偉い! でも、それじゃタルトにいいことあったわけじゃないよね?」 タルト「いっぱい笑顔見れて、喜んでもらえたんや。ええことやないか」 ラブ 「タルト、今からケーキ焼いてあげる」 タルト「ホンマでっか!」 【6月8日】 『女の子の憧れ』 せつな「今日、教会で素敵な花嫁さんを見たわ」 祈里 「うんうん、憧れちゃう」 ラブ 「ウェディングドレス、キレイだよね~」 美希 「和風やカラードレス風なんてのもあってね、ウェディングドレスだけのショーもあるくらいなのよ」 せつな「衣装も綺麗だけど、幸せそうな笑顔がより素敵に魅せているんだと思うの」 【6月9日】 『持ち帰りで頼む。待ってる奴がいるんでな』 サウラー 「ウエスターの奴……。早くドーナツを買って帰ってくればいいのに」 ウエスター「聞こえてるぞ! お前もたまには自分で買いに行ったらどうなんだ」 サウラー 「面倒だ。お茶に付き合えと言い出したのは君のほうだろう」 ウエスター「その割には、ドーナツの種類やらやたら注文細かいけどな」 サウラー 「もういい、買えたのならさっさと食べようじゃないか」 ウエスター「おう! 今日はな、お前の好きなドーナツが揚げたてだぞ」 【6月10日】 『ピンクのせつな』 ラブ 「今日のラッキーカラーはピンクだよ!」 せつな「じゃあ、今日はラブの服を借りてみようかしら」 ラブ 「なんでも言って! シャツにパンツにジャージにパジャマに、下着も!」 せつな「どうしてそんなに嬉しそうなの? さすがに下着はやめておくわ」 ラブ 「ガーン~~!」 せつな「だから、どうしてそんなにガッカリしてるのよ……」 新-075へ